Scene 06



「…なんで萩間もいるの」


着いて早々、不機嫌そうにそう言った浅葱さんに、にこにこ顔の萩間が言った。


「やだなー、浅葱さんに会いたかったからに決まってるじゃないですかー」
「お前がいるとううるさいからいや」
「ひどいですよぅ、俺はただ浅葱さんのこと好きなだけなのにー」
「気持ち悪い言い方するなよ」


うん…相変らず漫才みたいな会話だ。と思いながら我関せずで傍観していたら、突然浅葱さんの睨みがこちらにむいた。


「どうしてこいつ連れてきたの」
「え、あ、あぁ…なんか勝手に付いて来るって言い出して…」
「とめてよ」
「え、でも…」


とめる理由なんてないじゃない。とは口に出さなかったけど、どうやら伝わったみたい。僕は迷惑するの、とため息混じりに言われた。すると、それを聞いた萩間がまるで子どものように膨れた表情を見せる。


「どうしてそんなこというんですかー」
「本当のことを言ったまで」
「浅葱さん冷たいー」
「もういいからバイト行きなよ…」


さっきから浅葱さん、ため息つきっぱなしなんですけど。
そして原因の萩間は自分のせいではないとでも言いた気に膨れている。…あんた、子どもか…?


「じゃあ、バイトに行きますよー。終ったらメールしますから、無視しないで下さいね」
「無視はしないよ。電源切っておくから」
「ひどいっ」
「いいから早く行きなよ。遅れるよ」
「あ、ホントだっ」


店の時計を見ながら慌てた様子で立ち上がる萩間。バタバタと落ち着かない様子で道具を持って、それじゃ、と言葉を残して去っていった。


…慌ただしいったらない。


「…やっと行ったか」
「はは…騒々しいですね」
「本当。あいつあんなんでバイト大丈夫なのかな」
「普段はもっと落ち着いてるんですけどね。浅葱さんに会えたのがそんなに嬉しいのかな」
「…いや」
「え?」
「……僕達が一緒にいるから…」


不機嫌そうにそう呟いた浅葱さん。それって、3人でいると楽しいから、ってことかな。


「ならいいじゃないですか」
「…意味分かってないでしょ?」
「え?」
「……なんでもない。気にしないで」


なんでもないって…そんな顔してないんだけど。でもあんまり追求するのもなんだから、はい、と答えておいた。


「じゃあ…そろそろ行こうか?」
「え、あ、はい……でも」
「何?」
「…夜にならないと出て来ないって言うか…」
「あぁ…そっか。…まだ明るいしね」
「はい…」


だってまだ4時半だもん。日は暮れてきてるけど、夜更けにはまだまだ遠い…


「…どっか行こうか」
「え?」
「今から帰っても暇なだけだし…どっかで暇でもつぶそうか」


テーブルに頬杖をついて、ふわりと笑う。…うわっ、なんか恥ずかしいんですけど…!


「は…はい…」
「じゃあ決まり。どこ行く?」
「え、えぇっと…」
「あ、映画みたいな」


映画、なんて、最近見てないんだけど…ってか、2人で映画なんて…


…デートみたい…。


「いや?」
「あ、や、いやじゃないです!」
「そう。じゃあ行こうか」


簡単に話を終らせて立ち上がる浅葱さん。伝票を持って会計に向かう背中を慌てて追いかけながら、私は今更ながら今日の浅葱さんの格好をちゃんと見た。


会社からそのまま来たんだから当たり前だけど、スーツを着ている。浅葱さんによく似合う、黒いスーツだ。ネクタイはブルーで、全体的に落ち着いた雰囲気。改めて格好いいな、と思う。


浅葱さんは私がそんなことを考えているなんて少しも思わず、さっさと会計に辿り着いた。私も小走りで追いついて、隣に並ぶ。そんな私たちに店員が尋ねた。


「お会計はご一緒ですか?」
「あ、別に…
「一緒でいいです」


別にしてください、と言おうとしたら、浅葱さんに遮られた。


「え、浅葱さん!いいですよ、私自分で払います!」
「いいよ。この間おごって貰ったし」
「でも、あれは私のために時間を作ってくれたから」
「結局怒らせちゃったし。…それに、この間のホットミルクのお礼も含めて。まぁ、どうしても自分で払うって言うんなら別でもいいけど」
「え…あ、いや…その」
「いいから奢られなよ」


断りすぎるのも悪い気がして、私はおとなしく奢られることにした。…でも、迎えに来てくれた上に奢って貰えるなんて…私ってかなり贅沢?っていうか浅葱さんってそんな優しい人だったんだ?

浅葱さんはいつのまにか会計を済ませて出口の方に歩き出していた。私はその背中を追いかける。


…なんか私って、追いかけてばっかりだ。


身体も、心も。