Scene 08



遅い夜ご飯を食べて、2人でテレビを見て落ち着いていたとき、浅葱さんの携帯が鳴った。


浅葱さんは嫌そうに携帯をとって電話にでた。


「…はい」

「…あぁ、本当に来るの」

「今日は送らないけど」

「泊めないよっ」

「もういいから早く来い!」


け、喧嘩腰…ってことは相手は…


「…萩間、ですか?」
「うん。…12時すぎくらいにつくって」
「そんな遅くに着いてどうするの…」
「酒買ってくるって言ってたから、飲みたいんじゃないの?」
「私たち、明日講義…」
「大学の講義なんてサボれるからいいだろ」
「まぁそうなんですけど、一応単位ってものが…」
「ま、僕の知ったことじゃないけどね」


と言って、浅葱さんは床に横になった。


「あの、浅葱さん…?」
「何」
「そろそろ…"あれ"、来る時間だと思うんですけど」
「え?…あぁ、うん。わかった」


身体を起こして立ち上がると、浅葱さんは部屋の中を見回した。…特別おかしなものはない…と思うんだけど。


「な…なんかおかしいですか?」
「いや。別に何もいない。…と思う。けど」


浅葱さんの視線が、すっと窓の外に流れていく。そこにはまだ咲くにはまだ少し早い桜の木が見えるくらいで、特に何も…


「桜の木ってさ」
「え、あ、はい」
「根元に死体が埋まってるって話、知ってる?」
「はぁ…聞いたことはありますけど…」
「うん、まぁこれのせいかな」
「え…」


この桜の木のせい?ってどういうことなのか、私にはいまいちわからない。


「この下にもいるってこと」
「えっ…!」
「…未練があるんじゃないかな。それが何かは知らないけど」
「未練…」
「うん。あ、本当にそうかどうか、断言は出来ないんだけど」
「…線香あげてあげようかな」


何の未練があるのか知らないけど、そのせいでこっちは毎晩怖い思いしてるんだから。


「でも確かに今考えると、桜の木のせいだったのかも」
「え?」
「夜に窓の外が光ってたりとか、がたがたいったりとか…そう言うのって、これのせいなのかも。まぁ人影が見えたりしたこともあったし金縛りになったこともあるんですけど…」
「うん、まぁ、…がんばれ」
「あ、ひっどい!」
「いや、でもその程度なら大丈夫。萩間はもっとひどい目に合ってるから」
「あぁ…あの"さとみちゃん"の話ですか?」
「…あのさ、萩間にも言ったんだけど、幽霊にちゃんつけるの止めない?」
「えー、でも他に呼びようじゃないですか。それに幽霊でも女の子は女の子ですよ」
「……まぁ、好きにしなよ」


呆れたようにため息をつきながら浅葱さんが言った。勝手にしますよー、と返して笑うと、浅葱さんも笑ってくれる。


何だか、不思議だなぁ、と思う。


浅葱さんと会ってるときはいつも思ってるんだけど、私たちってどうしてこんなに仲良くなれたんだろう。萩間が紹介してくれて、そのときの印象は最悪だったのに。


いつもそこまで考えて、答えを出せずに終っている。…ううん、本当はもう答えが出てるのに、言葉にしないで終ってるの。


否定されるのが、怖いから。


何気なく、浅葱さんをのぞき見た。…つもりが、バッチリ目があってしまった。


「っ…」


向うから逸らしてくれるわけでもないし、私から逸らすわけでもない。…ずっと、目が合ったまま。向うは何も言ってくれないから、私も何も言えない。


…静かな沈黙だけが過ぎていく。


私はとうとう居た堪れなくなって、逃げるように目を逸らした。


「あ、な、なんか…飲みます?」


苦し紛れのいいわけをしながら、台所に向かう。不自然だってわかってるけど、あの状況に耐えられるほど私は大人じゃ…


「…あのさ」


低く呼ばれて、肩が跳ね上がった。…足音が近づいてくる。


「なんか、逃げてない?」
「え…」


振り返ると、すぐそこに浅葱さんの顔がある。思わず後退りすると、その分開いた距離を向うから縮めてきて、私はどんどん後ろに下がった。…そして最終的には壁にぶつかって、浅葱さんと見つめあう。


「君ってさ、鈍いって言われない?」
「え、そ、の…」
「ここまでされて、気付かないわけないよね」


私と同じ位置まで顔を下げて、のぞきこんでくる。その視線が語る言葉は、…多分、私が期待する通りの言葉だ。


でも。


どうしてなんだろう、それを素直に受け入れないのは。


受け入れたらきっと、幸せになれるのに。


私が何も答えずに俯いていると、浅葱さんは小さくため息をついた。それと同時に耳元でぱち、と音がして、部屋の電気が消える。


暗くて、浅葱さんの顔がよく見えない。


「…あ、あの、浅葱さん、電気っ、」
「必要ない」
「ひ、必要ないって…!」
「…ちゃんと答えてくれるまではつけない」
「そんな横暴な…」
「横暴でも何でもいい。…ちゃんと答えて」


ぐっと腰が引き寄せられる。身体が密着して、浅葱さんの体温が伝わってくる。


 ―――プルルル。


そのときタイミングよく浅葱さんの携帯が鳴った。


「な、鳴ってますよ…」
「放っとく」


 ―――プルルル。


「き、きれませんよ」
「だから、放っとく」


 ―――プルルル。


「あ、あの
「あー、もう、しつこいなぁ!」


そう言いながら、浅葱さんはようやく電話に出た。当然私からも離れていく。


私は激しく動悸する心臓を必死で押さえ込んで、震える指で電気をつけた。


電話の相手はどうやら萩間らしい。
今近くまで来たから、迎えに来て欲しいんだとか。


…当然、浅葱さんはご立腹だ。


けど、路頭に迷わせておくときっととんでもないことをしでかすので、やっぱりむかえに行くことになった。


浅葱さんは何も言わない。


きっと私から言うのを待っていたんだと思う。


でも、私は正直ほっとしていた。


ほっとするなんて…ひどいかもしれないけど、私、あのままああいう関係になるのはいやだったの。


浅葱さんのことは―――好き。好きだけど。


でも、あのまま受け入れるのは嫌だったの。ずっと心に引っかかってるものがあって、…それが、素直に受け入れることを邪魔している。


それがなんなのか、はっきりしないんだけど。ほんの些細な事なのかもしれないんだけど、でも。


私は、不機嫌そうな浅葱さんの背中を眺めながら、萩間の元へと歩いた。