Scene 10



夏休みに入ってからは毎日暇で、遊んだりバイトしたりしていたけど、浅葱さんとは一度も会ってない。浅葱さんは社会人なんだし、それにまだ会う勇気が持てないから。


向こうからメールをくれるわけじゃないし、こっちからも連絡しない。すっかり音信不通になっている。…ただ、萩間とは時々会ってるみたい(そのたびに萩間から自慢するみたいなメールが来る)。


さて、今日はそんな萩間と、野々宮と、友達のと一緒に飲みに来ている。皆で騒げるようにって個室を取って、さっきから大盛り上がり。今はなぜか王様ゲームをしてる…んだけど、負けるのは必ず萩間なんだよね。
ちなみに私は一回も負けてない…けど、かわりに一度も王様になってない。じゃんけん弱いんだな。残念ながら。


 ―――プルルル。


突然鳴りはじめたのは、萩間の携帯だった。丁度罰ゲームの最中だったので、神の救いの如く電話に飛びついた。


「はいはいー! あ、浅葱さん!」


予想もしなかった名前に、心臓が飛び跳ねた。


「えー?なんですかー?」

「…あ、はいはい、そうですそこですー」

「あがってきてくださいよー」

「やったー!じゃ、待ってますよっ」


最後にそう言って、通話が終了した。…でも、ちょっとまって。


…待ってますよ?


「ちょ、萩間…」
「何ー?」
「こ、ここに浅葱さん…来るの?」
「来るよー。なんで?
「っ!!」


無理。


今はまだ会えない。


だって、私、浅葱さんに返す答え、まだ考えてない。


自分の心の整理だって、まだ全然ついてないんだから。


「ごめんっ、わたしっ…!!」


帰ろう。浅葱さんに会う前に。そう思って、上着とバックを掴んで表に続く扉をあける。


そこに。


「っ…」


すぐ目の前に、その人はいた。


「あ、浅葱さん!やっときたー」


萩間の能天気な声が、私たちの間を横切っていった。浅葱さんの目は見開かれて、視線は私に注がれている。


「…あれ、帰るの?」


萩間の向うから、が尋ねてきた。


「…っ、トイレ」


浅葱さんのいる前で、帰るなんていえない。だって、私は貴方を避けてますって言ってるようなものだから。


かなり苦しい言い訳をして、私はその場を離れた。途中浅葱さんが萩間に引っ張られているのを見たけど、浅葱さんの視線はずっと、こちらに向いていた。