本当にトイレに行って、少し外の空気を吸いにいって、戻ってきた。
…今、丁度部屋の前に立っている。
この緊張を、どうやって抑えようか。…このまま帰ればいいのに、そう出来ない私の度胸のなさを恥じた。
もし、答えを求められたらどうしよう。
まだわかんないです、何て答えて納得してくれるわけない。ちゃんとした答えを…はいかいいえか、好きか嫌いか、それを聞くまでは絶対、納得してくれない。
答えなんてもうとっくの前に決まってるんだよ。…でも。
『君ってさ、鈍いって言われない?』
…言われたとおり、私って鈍いかもしれないです、浅葱さん。
そのせいで貴方に迷惑掛けてるのもわかってます。でも、このままじゃ私たち絶対、上手く行かないと思うんです。
私は、震える手で扉を開けた。
最初に目に飛び込んできたのは、真剣に腕相撲をしている萩間と野々宮だった。
「…何してるの」
「あ、やっと戻ってきた?ちょっとねぇ、この2人暴走してるの。ずっと腕相撲してるんだよ。何回やっても野々宮の負けなんだけど」
「…あほ」
「ー!腕相撲は男のロマンだぞー!」
「そうだそうだー!」
訳のわからないことを叫んでいる酔っ払い二人。そんなものが男のロマンでたまるもんか。それならまだ「エロ本は男のロマンだぞー」って言われたほうが健康的だし、普通だ。
私は馬鹿2人が周りの迷惑にならないようにさっさと扉を閉めた。
「ねぇ、こっちきて一緒にしゃべろうよっ」
ずっと萩間と野々宮を眺めていたら、にそう言われたので私は仕方なく彼女のむかえ側に座った。…仕方なく、と言うのは、が浅葱さんの隣にべったりくっついて座っていたからだ。
「…遅かったね」
私の方を一瞥して、浅葱さんが呟いた。私ははい、と答えるのが精一杯で、すぐに視線をにやった。そんな私たちに、が違和感を覚えた様子はない。
「何してたのー?」
「あぁ、なんか熱いから外の空気吸いにいってたの」
「そうなの?遅いから心配してたんだよー。本当に先に帰ったんじゃないかって。ね、浅葱さん?」
は可愛く浅葱さんを振り返った。酒の勢いに任せてなのか、それとも本気でねらってるのか、必要以上にくっついている。それを、少し嫌そうにしている浅葱さんに、少し笑えた。
隣でやっている萩間と野々宮の勝負は、また萩間の勝ちで終ったらしい。今度は左手でやると言って、腕まくりしている。その様子に、平和だなぁ、とぼんやり思う。
迎えでは浅葱さんとが、私たち4人のことについて話している。…と言っても、が勝手にしゃべって浅葱さんはただ聞いてるだけみたいだけど。
「あの2人、馬鹿ですよねー」
「うん…そうだね」
「でも仲いいですよね。あ、浅葱さんも2人とは仲いいんですよね?」
「…いや」
「あれ、ちょっと2人、否定されてるよ?」
「「えー、ひどい浅葱さんー」」
腕相撲中の癖に振り返った萩間と野々宮の声がダブった。それに浅葱さんは軽い怒りを覚えたらしく、気持ち悪い!と顔を顰めた。…相変らず、漫才みたいな会話だ。
「あ、そうだ!浅葱さんの下の名前ってなんですか?」
突然そう話を振ったは、楽しそうだ。…どうやら本気でねらっているらしい。
「…圭一郎」
「圭一郎さん、か。そう呼んでもいいですか?」
「……好きにすれば」
素っ気ない返事にも、はめげない。はい、と可愛らしく答えて、じゃあ私のことはでいいですよ、とか言って笑った。の"いい男"に対する執念は凄いと思う。
「あー、、お前浅葱さんのこと誘っても無駄だぞー?」
ようやく腕相撲にあきたらしい萩間が、そう言いながらビールを口に運んだ。
「なによー。なんで萩間にそんなことわかんのよー」
「だって、浅葱さんにはー、がいるもんなー」
「なー」
「はっ…!!?」
一体いつの間にそう言う話になっているのか。っていうかこいつら、頭叩き割ってやろうか?って思うようなふざけた発言をした萩間、とそれに同意した野々宮。ちょっとまて、萩間は別としても、野々宮は私と浅葱さんが知り合いだったことも今日まで知らなかったはずじゃないのか…!?
「え、そうなのー?」
「そんなことっ
「そうだよー。だって2人、俺に内緒で会おうとしたことあるんだから」
「一回だけでしょっ!!」
思わず突っ込んでしまった…後に気づいたけど、今のって火に油を注ぐ発言だったかもしれない。…浅葱さんも、こっちを一瞥した後に深いため息を着いた。
「何それー、聞いてないんだけど、ー?」
「違うって…」
「彼氏が出来たら教えてって言ってるじゃない?危ない危ない、友達の彼氏に迫るところだったー」
「や、だから違…
「いいなー、私も彼氏ほしいー。、って呼ばれたいもんー」
「…え?」
目の前で目をきらつかせるを見たまま、私は茫然としてしまった。
『大体この子との仲なんてもっとないじゃないか!』
『…君は知らなかったかもしれないけど』
『…まぁいいや。それより、君も来る?』
『僕と君じゃ活動時間が違うしね』
『君ってさ、鈍いって言われない?』
―――私今まで、名前呼ばれたことって、あった?
「っ…!」
持ち物を全部引っつかんで、店を飛び出した。頭がグルグル回るように混乱している。後ろからみんなが呼びとめる声が聞こえたけど、振り返ることも止まることも出来なかった。