私はずっと、木の下にうずくまっていた。
浅葱さんがこれからここに来るんだと思うと、怖い。ちゃんと言いたいことをいえるんだろうかとか、浅葱さんに怒られるんじゃないか、とか、余計なことを色々考えてしまう。
でも、私が今考えなきゃいけないのは、伝え切ること。そして、出来るなら謝ること。遠くで聞こえる花見客の笑い声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
大丈夫、大丈夫…。
何度もこころのなかで繰り返す。その間もずっと、浅葱さんの顔が頭から離れなかった。
会ってからまだ1ヶ月も経ってないのに、こんなに好きになるなんて。…ちがう、私本当は、はじめて会ったときから好きだったんだ。『この子との仲なんてない』っていわれたのが、ショックだった…だから、あんな風に怒って帰ったりしたんだ。
どうしてこんなに、好きなんだろう。わからない。…けど、とにかく好き。…大好き。
って、呼んでくれるかな。
『―――…っ!』
遠くから、声が聞こえた。
思わず目を見開いて、反射的に顔をあげた。そして私の目に飛び込んできたのは、
走ってくる浅葱さんの姿。
「、あ、浅葱さん…」
「ばかっ…危ないだろっ、こんな時間、一人でっ…こんなところに…!」
走ってきてくれたの?息切れしてる浅葱さんの姿に、思わず泣きそうになった。私なんて全然大丈夫なのに。迷子にはなったけど、襲われたり、殺されたり、カツアゲされたり、危ない目になってきっとあわないのに。
…いや、違う。違うの。それに泣きそうなわけじゃないの。
―――だって今、、って。
「浅葱さん、今…」
「皆も心配してるんだから…戻ろう」
「っ、ま、待ってッ…!」
腕を引っ張られたからその腕にしがみついて逆に引っ張った。驚いた浅葱さんがふりかえる。
「私、浅葱さんに話が…」
「…話?」
「今、…名前で呼んだ?」
尋ねると、浅葱さんはばつが悪そうに目を逸らした。
「…ずっと、名前で呼んで欲しかったの」
「え?」
「浅葱さん、私のこといつも君、って言ってたでしょ」
「それはっ…!」
怒ったようにそこまで言い掛けて、急に言葉が途切れた。そして小さな声で続ける。
「…何て呼べばいいのか、わからなかったから」
「え…?」
「あったばかりだし、しかも恋人でもないのに名前で呼ぶのはおかしいと思ったし…さん付けってのも変だろ。僕の方が年上なんだから」
「…そうだけど、別に普通に呼んでくれれば」
「一度怒らせた分…気を使ってたのもあったんだよ」
そう言ってそっぽを向く浅葱さんは、少し恥ずかしそうだ。…失礼にも、嬉しいと思ってしまった。
「それで?」
「あ、はい?」
「なんで急にいなくなったりしたの。…もしかして、それが理由?」
「あ…はい、そうです…」
「っ、馬鹿っ!!」
ものすごい剣幕で怒られた。殴られる、と思って反射的に目を瞑り、頭を覆う。…けど、拳は振って来ない。…恐る恐る目をあけると、優しい目が私を捕らえていた。
「いってくれればよかったのに」
「…今言ったもん」
「もっと早くだよ。…こんなことにならなくて済んだのに。向こう帰ったらあいつらにうるさく言われるよ」
「…ごめんなさい」
「……まぁ、無事でいるならそれでいいけどね」
浅葱さんの手がのびてきて、ふわりと私の頬に触れた。…ひんやりしている。あれからずっと探しててくれたのかな。私のせいで、すっかり冷えちゃったんだ。
「…もう逃げるなよ?」
「うん…」
優しい笑顔。
頷くと、唇が降ってくる。
花びらみたいにやわらかく、軽い、でも特別なキス。