「浅葱さん、起きてください」
体を揺さぶると、もぞもぞ動き出す浅葱さん。私はもう一度、今度は気合いをいれて浅葱さんを揺すった。
「9時ですよ、起きてください」
「………」
「浅葱さん!」
「……んー……………」
「んー、じゃないです。朝ご飯も出来てますよ?」
「今起きる……」
ぐぐぐ、と重そうに体を起こして、ごしごし目を擦る。
「浅葱さん、そんなに目擦ったらだめですよ。ほら、顔洗いに行きましょ」
多分、疲れているんだろう。+α、眠気もあってふらふらな浅葱さんを支えながら洗面所に向う。間取りはうちと反対なだけだから、迷うことはない。
「ほら、浅葱さん。しゃんとしてくださいよ」
「うん……ありがと」
「いえいえ。それよりですね浅葱さん、ご飯出来てるんで早く来てくださいね」
「わかった」
なんとなく覚醒してきたみたい。相変わらずふらふらはしてるけど、多分もうついてなくても大丈夫。
私はリビングから台所に戻って、盛り付けたばっかりのハムエッグとトーストとマーガリンをテーブルに運んだ。ついでに昨日のまま飲み散らかされているビールの缶を、スーパーの空き袋を持ってぽんぽん詰めていく。それが半分ほど終わったところで、浅葱さんがシャキッとした顔で洗面所から戻ってきた。
「いい匂いしてるね」
「でしょー?これでも料理は得意なんです。あ、目玉焼き半熟ですけど、大丈夫ですか?」
「大丈夫。むしろ半熟の方が好き」
「ならよかったー」
「でもねぇ、三上さん」
「はい?」
「箸、ないんだけど?」
「あ………」
し ま っ た
浅葱さんを起こすのに必死で、忘れてた。
私がゴミの袋を持ったままあたふたしていると、浅葱さんはふっと笑って、ようやく落ち着けていた腰をゆっくりあげた。
「僕が持ってくるから、片付けお願い」
そう言って、台所へと歩いていく。そんななんでもないはずの浅葱さんに、私はなんでだか…すごく優しさを感じてしまった。
「ありがとうございます」
思わず浅葱さんを見つめていると、手を動かせ、と怒られてしまう。そのひとことで、私はまた忙しなくビールの缶を袋に詰めていった。
まったくもう。調子が狂う。
私の中の浅葱さんは、亭主関白なんだってば。家庭にいてもなんにもしないの。で、奥さんは家事に専念で、手伝わせるなんて以ての外なわけ。
でもそれは、ただのイメージなんだよね。
実際は、文句を言いながらでも色々やってくれるのかもしれない。
「浅葱さん、素敵な旦那さんになれますね」
「なに言ってるの、急に」
「いや~別に~?ただそう思ったんです」
「………萩間には逆に、浅葱さんって結婚出来なさそうですねって言われる」
「あぁ……その気持ちもわかります」
「なにそれ、どっちなの……」
「じゃあ両方で」
「わけわかんないなぁ」
ふぅ、とため息をついて、私の方をちらりと見やる。
「ま、いいじゃないですか♪」
「………まぁ、ね」
ふっと笑みをもらす。…なんだか最初に比べると、すごくいろんな表情を見せてくれる、それがすごく嬉しい。
萩間くんほどじゃないかもしれないけど、少しは心を許してくれてるのかな?
「じゃ、食べましょう!」
「その前にテーブルの上のグラス、向こう持ってって」
「うあぁ、はいっ!」
また忘れてた作業を再開する。なんだか…私浅葱さんといると思考が逸れる傾向があるのかな。そう言うところが、私と萩間くんの似ているところなのかもしれない。
グラスをシンクに置いて、リビングに戻る。既にスタンバイしている浅葱さんの向いに座ると、それを合図に浅葱さんがいただきます、と言った。
そんなにかしこまって食べてもらうものでもないのに、と思うけど、やっぱりいただきますの言葉は嬉しい。私の料理をきちんと食べてくれるっていう合図なんだから。
「どうぞ召し上がってください」
なんだか、浅葱さんが食べるまでは食事も手につかない。私がじっと見ていると、見るなよ、といわれてしまったから、仕方なく私もトーストに手を付ける。
「…おいしい」
そう浅葱さんがいって、ようやくほっとした。ふー…、と長く息をはくと、なぜだか笑われる。
「一応、普通に料理作れるだけの味覚はあったんだね」
「なんですか、一応って!」
「だって普通じゃないし、君って」
「普通ですよ、これ以上ないくらい!」
「いや、萩間に似てるってことは普通じゃないよ」
「でもでも!萩間君って料理できる子みたいですし!」
「…そうかもしれないけどね。でもあいつは、みかりんを嬉しそうな顔して食べる奴だから」
「みかりん?」
「……こっちの話」
何を思い出したのか、疲れた顔をしてため息を付いた浅葱さん。ぜんぜん何を言っているのかわからないんだけど、きっと聞いても話してくれなさそうだと思ったから、今度萩間君に聞いてみることにして、今は疑問を心の奥にしまった。そして、私もやっと食事に手をつけた。