がバスで帰りたいというから、仕方なく駅まで乗ることにした。
バスというものには、ほとんど乗ったことがない。電話をすればばあやが迎えに来てくれるからだ。それに、たくさんの人が乗っていて気が休まらないのも嫌いだ。
ただ、今日は仕方ない。他ならぬの頼みなんだから。それに、最終だからそれなりに空いている。
僕たちは、一番後ろの右側に座ることにした。黙って窓側を促してくれる。多分、隣りに知らない人が座るのを僕が嫌がると思って、気を利かせてくれたんだろう。
「それにしても、どうして急にバスに乗りたいなんて言い出したんだ?」
「なんかねー、いつもと違う道通りたかったんだー」
「ならばあやに言えば…
「あのね、二人きりになりたいときだってあるでしょ」
「なるほど、嬉しいことを言うね」
「ま、それはいいとして」
至極簡単に片付けられてしまったことを残念に思いながら、僕はの言葉の続きに耳を傾けた。
「今日はね、探に見せたいものがあって」
「見せたいもの…?」
「うん。バスからじゃないと見えないもの」
あっち、と窓の外を指さす。首をそちらに向けると、そこにはただ道路が広がるばかりだ。
「道路しかないけど?」
「ま、もうすぐだから見ててよ」
の言葉を信じて黙って外を見つめる。けど見えてくるのはぼんやりした公園や、24時間営業のコンビニ、ファンシーな名前の(ラブ)ホテルに、看板が光る居酒屋。とにかく建物しか見えてこない。
それでも、がいいと言うまで視線は外さないことにした。
どうやらも、隣りで外を見ているらしい。肩に少しかかる重みが心地良くて、投げたされた手を軽く握った。
すると景色は、急に住宅が途切れて柵しか見えなくなった。どうやら橋に差し掛かったらしい。どこの橋だろうか、と考えていると、急に柵が一段低くなって、少しだけ向こうの景色が見えた。
その景色は、すごく綺麗だった。ただ街の明かりが見えるだけじゃなく、それが流れの穏やかな川面に映って輝いている。
なるほど、の好きそうな景色だ、と思った。
「どう?綺麗でしょ。バスじゃないと見えないんだよ、この景色」
「柵が高いから、普通の車だとダメなんだね」
「うん、そうなの、…綺麗でしょ?」
「…うん」
僕が頷いたのを見て、は嬉しそうに笑った。腕に抱き付いてきて、よかった、と呟く。
僕の方こそ、よかった、だ。確かにこんな景色はばあやの車じゃ見れないし、こうやって、二人でいるときの方がいい。
こうやって、バスで恋人気分を味わうのも、悪くない。
「ありがとう、」
「え?」
「………なんでもないよ」
僕は、の知らないことをたくさん知っている。けど、今までの僕では見えなかった世界があって、その無知な空白を、が埋めていく。
互いを必要と出来るのは、幸せなことだろう。
「…また乗ろうか、バス」
「本当?」
「ああ。またあの景色もみたいしね」
「気に入ってくれてよかった…!」
左肩の重みが少し増して、ふわりと優しい匂いがする。微妙に触れ合った肌が温かくて、どこか心地良い。
排気ガスでくすんだはずの景色が、鮮やかに色付いていく気がした。
Love story 30 title
#07
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