05. 光



彼女のことがこんなにも気になるのは、自分の心の闇を如実に映し出しているからだろう。


の部屋の前に立つ。中から音は聞こえないが、もしかしたら泣いているかもしれない。一人で、自分自身の中にある闇を抱えながら。


元々対話を楽しむ性格ではないが、夜は更に口数が減る。それは、もしかしたら彼女が夜の闇を自分の闇に重ねているからかもしれない。


の考えていることは、手に取るようにわかる。それはわしも同じ思いを抱いているから。…皆に置いていかれぬように、皆に嫌われぬようにと、必死に"皆にすかれる太公望"を取り繕っている。そしてそんな自分を必死で見ないようにしている。そう言う意味でいけば、わしはるよりずっと卑怯だ。…だが、生きていれば必ず、そう言うことをしなければならないときが出てくる、そうわしは考える。みんなそうやって、自分を隠し隠ししながら生きていくのだ。


誰だって一人になるのがいやだから、嘘をついて生きていく。それが悪いことだとは想わない。そう考えているのはもしかしたら、ただのひらきなおりも知れぬが、それでも。それがわしであって、皆もそうだと認めてくれている。


は、わしがこんなにもを考えていることに、まったく気づいてはおらぬだろう。そして、これからも気付くことはないだろう、わしが自分から伝えなければ。


ばたん、と、突然扉が開いた。扉が頬をわずかに掠めて、ちり、とした痛みが走る。


「…!」
「っ、たぁ…、なんじゃ、いきなり飛び出して来おって」
「す…師叔…」


がわずかに口を開こうとしたが、わしは彼女がしゃべる前に部屋の中に押し込んだ。…どうやら灯りをつけていなかったらしく、中は真っ暗なまま。…こんな闇の中で、自分を卑下していたのだと想うと、を今すぐ抱きしめてやりたくなる。わしはその気持ちを抑えようとしたが、わずかに抑えきれずに、手が自然との頬に触れていた。


「…師叔…」
…お主は本当に難しいやつだのぅ」
「え…?」
「何故自分から一人になろうとする?…つらいことがあれば、わしの所に来ればよかろう」
「そ…んな、別に、つらいわけじゃ…」
「ないのか?なら、…この頬を伝うものはなんだ」


わしの手にしみこんでくる、温かな感触。そこからの気持ちすべてが入り込んでくるかのような錯覚に陥った。こんなに思いを抱え込んで、さぞやつらかっただろう。…この涙を自分が流させているかもしれないと想ったら、いても立ってもいられない。


「……わしは、お主を泣かせたくはない」
「師叔…」
「泣いているを見るのはつらい。…頼むから、一人になるな。つらいならわしの所に来て、思い切り泣けばいい」
「ちが、う…つらいわけじゃ、ないの」
「ほぅ?なら何故泣いている」
「…焦ってる」
「焦る?」
「みんなに、おいていかれそうで」


やはり、つらいのではないか。と思わず言ってしまいそうになったのを飲み込んだ。


「何故わしらがお主を置いて行く?」
「…私はみんなと違って攻撃系の宝貝じゃないし、知識もない。師叔のように頭がいいわけじゃないし、優れた技術があるわけでもない」
「…そんな事を気にしておったのか?」
「そんなことって!凄く重要なことじゃない!」


痛いほどに、の気持ちが伝わった。確かに"そんなこと"ではないのだ。とても重要なこと、皆のことが好きだからこそ、重要なこと。


「重要…確かにそうなのかも知れぬ。だが、それ以上にお前がわし等の中にいてくれることの方が、もっと重要なのではないか?」
「え…?」
「仲間のために使ってこその力ではないか?」
「…」
「それに、の宝貝は攻撃出来なくても、立派にわしらの役に立っておるよ」


こんな取ってつけたような言葉を、は欲しがってくれるだろうか。彼女の顔をのぞいて見たら、目を閉じて、じっとしていた。…もっと上手い言葉で伝えられたら。そうできない自分が情けなくて、もどかしい。


自分の言って欲しい言葉を他人に言うのは、これほど難しいことなのかと想った。そして、わしに縋りつくを見て、どうしてこんなに綺麗に泣けるのかと想った。


改めて、自分の汚さを呪った。今のにとっては、わしは光のようだろう。だが、いつかは気づくだろう。に必要とされたいと思っているわしこそが、真の闇なのだと。そしてそんなわしの隣にいてくれるこそが、真の光なのだと。









2006.10.08 sunday From mamoru mizuki.