私はLの助手で、恋人で、いつでもそばにいるけれど、結婚している訳ではない。それはもちろんワタリもそうだ。だから私たちは、彼に給料として毎月決まった額をもらっている。
今は随分たまったそのお金で、ショッピングをした帰りだ。
ホテルの最上階である私たちの潜伏先がしっかり見える、ホテルから3分ほどの公園から、騒がしいほどの子供の声援が聞こえてくる。嫌な予感がして目を向けるとそこには、白い長袖シャツにぶかぶかのジーンズをはいたLが、巨大な楡の木によじ登っている姿。
軽く目眩がした。
出来るならそのまま素通りしたい。本当にそう思うのだが、そうは行かないだろう。渋々楡の木に近付いていく。
「えっと……君達、ちょっといいかな…」
子供に話し掛けるのは苦手なんだけど。
振り向いた子供たちは、怪訝そうな顔をした。
「あんた誰~?」
「(あんた……)あの人のお友達よ。…ねぇ、あの人何してるの?」
「あのね、ボール取ってもらってるの!」
一際小さな女の子がそう言って、楡の木の遥か上の方を指差した。…確かに、白い野球ボールが引っ掛かっている。そしてLはそれを目指して木登りしているようだ。
デカい木だが、それほど高い所にある訳ではないし、一応運動神経はいいから、落ちることはないだろう。下で見ている限りではそんな様子だ(ただLが木登りが得意だったかどうかは知らない)。
ボールと同じ高さまで登った。手が伸びて、ボールをつまむ(こんな時くらい掴めよ)。子供たちからわぁっと歓声があがった。
ボールを落とそうと思ったらしい、Lが私たちの方を見下ろしたら、目が合った。…大きな目を見開いて驚いている。
「守っ……いつのまにそこに…?」
「今さっき。話はいいから早くボール落としなさい?」
「……はい」
Lの手からボールが離れて、直線を描きながら落ちてくる。そのボールを男の子がグローブでキャッチする。ありがとう!と一斉に叫ぶと、Lは少し嬉しそうにした(子供たちにはわからないだろうけど)。
登ったときと同じ経路で降りてきたLは、喜ぶ子供たちの頭を軽くたたきながら、もう少し離れて遊びなさい、と言った。はぁい、と妙にいい返事を返す子供たちは、すぐに木から離れて行って、また遊び始める。後に残された私たちは、別段会話もなくその後ろ姿を見送った。
なんだか、Lと外に出るなんて久しぶりだ。最近はすっかりこもりきりだったから。
「…遅かったですね、守」
不意に、Lがそう言った。少し拗ねているように見える。
「買い物してたの」
「浮気かと思いました」
「生憎浮気が出来るほど器用じゃないの。それに出会いもないし」
「出会いと器用さがあれば浮気するんですか」
「まさか。今はLさんに夢中ですから?」
「一生夢中でいてくれないと困ります」
「はいはい、一生夢中よ」
適当な返事をすると、むすっと頬を膨らませるL。後ろから首に腕がまわって、軽く締められた。大袈裟に苦しむ動作をしたら、くす、と小さな笑みを漏らしながら離れて行く。
「それにしても、久しぶりですね。あなたと外に出るの」
「本当。…で、わざわざ心配で迎えに来てくれたの?」
「はい。おかげで仕事に手が付きません」
「はいはいごめんなさいね。それより、久しぶりに踏んだ土の感触はいかが?」
Lは少し考える動作をして、ざり、とスニーカーで土を踏み締めた。
「……最高ですよ、守と一緒なら、どこでも」
「…ばーか。都合よすぎ」
軽くたたいてやったら、笑顔と目が合って、そのまま手を握られる。
「帰りましょうか」
「……うん」
こんな機会は滅多にないから、もう少しいたかったんだけど、Lの顔を見ていたら、満たされた気分になってしまう。繋いだ手も、すごく温かいし。
(幸せだなんて思ったんだ、柄にもなく、ね)
2006.11.04 saturday From mamoru mizuki.