15. 死



ー」
「…何」
「構ってくださいよ…」


そんな子供みたいなことを言うL。いつものことなんだけど、機嫌の悪いときは本当に勘弁してほしい。


「…やだ」
「なんでっ…!」
「だって面倒臭い」
は私のことが嫌いなんですねっ…?」
「っ、なんでそうなるかなっ…!」


なんていうか…Lは、そう、鈍感なのだ。私が今超絶機嫌悪いことくらい、見てたら分かりそうなものなんだけど。


ポーチの中からタバコを取り出した。…たまにしか吸わないんだけど、やっぱイライラしたらこれに限る。


「……吸うんですか」
「吸いますよ」
「体に悪い……」
「あんたの不規則甘党不健康生活ほどじゃないからご心配なく」
「私はこれが普通なんです」
「なんとでもおっしゃれ。悪いけどタバコをやめる気はありません」


本当はいつでもやめれるんだけどね。吸うったってLのいないところでしか吸わないから。…私とLが一緒にいない空間なんて、ほぼない。


「じゃ、ちょっと出るから」
「窓開けて吸えばいいじゃないですか」
「受動喫煙であんたが肺癌になったら私がいやだから」
「そう思っていただけるのは嬉しいです。でも今出ていかれたら私寂しくて死にます」


真顔で言ってしがみついてくるL。…何馬鹿なこと言ってるんだか。


「そんなことあるわけないでしょ」
、知らないんですか?ウサギは寂しいと死んでしまうんですよ」
「それくらい知ってるっての。でもあんたはウサギじゃないでしょ」
「そうですけど、でもがいないと死にます」
「……」


これがまた本気だから始末に負えない。…寂しがり屋のLに振り回される私の気持ちなんて、ただの少しも考えない。


「……はいはい、わかったから」


結局私が折れることになる。毎度のことながら、心底呆れる。


「……出て行かないから。その変わり受動喫煙は我慢してよね」
「はい」


満足げに頷いたL。私が窓まで歩いて行くのにも、しっかりくっついて離れない。


「…暑い」
「我慢してください」
「はいはい。くれぐれも突き落とさないでね」
が落ちない様に私が押さえてるんですよ」
「………そりゃあどうも」


なんてありがた迷惑な。そう思ったことは黙っておく。とにかく窓を開け、昨日買ったばかりのパーラメントロングに火をつけた。


煙が中空に舞い上がる。その様子を、私の後ろからLがのぞき込む。


「……おいしいもんなんですかね、タバコって」
「…別においしいもんじゃないけど、イライラには効果覿面ね」
「…そう言うものですか…?自分の命を削ってまで吸うものですか?」
「……まぁ削らないでいても大した使い道もない命だからね」
「っ……!」


急に、Lが私を睨み付けた。睨むと言っても、何か迫力がないのは、多分彼の睨み方がおかしいからだと思う(ただの三白眼みたくなっている…とても表現し辛い顔だ)。ただとても怒っていることだけはわかる。


「……お仕置です」
「は…?っ、ちょっと…」


何わけの分からないことを呟いたかと思ったら、Lは私の手からタバコを奪って窓枠で揉み消した。しかもその吸い殻を窓の外にぽい、と投げ捨てる。…みなさんくれぐれも真似はしないように。


「何すんのよっ」
「だからお仕置です」
「意味わかんないから」
「自分の命を大切にしない人間に、タバコを吸う権利はありません」
「あんたみたいなのが自然破壊する権利もないと思うけど」
「謝ってください」
「…誰によ」
「もちろん私にです」
「なんで…」
「……悲しくなったからです」


私を捕まえるLの力が、さっきより強くなった。微かなタバコの匂いと風が鼻を掠めて、…どうしてか、嫌な気持ちになった。


「……ごめん」


そう素直に返せたのは、きっと彼の悲しみが私のなかに、すんなり入って来たからだと思う。


「……もう二度と、そんなこと言わないでください。私を悲しませたら締め付けの刑ですよ」
「…結局することはいつもと変わらないわけね」
「変わりますよ」


私の言葉を否定したLは、ぐっとより強く私を抱き締める。それこそもう苦しいくらいで、締め付けの刑に相応しい力だ。


「苦しっ……!やめっ…」
「手加減なしですから」
「はーなーしーてー!」
「………」
「…?」


おかしい。突然応答がなくなってしまった。彼の顔を自分の肩越しにのぞき込むが、私の首に埋められているから表情が読めない。


「…あなただけは、生きていてください」
「え…?」
「私が死んでも、あなただけは…生きていてくれないと困ります」


そう言ってLは首筋に、滑るようなキスを落とす。…それはひどく悲しくて、今にも泣き出して、謝ってしまいたくなった。


…彼が今まで言えなかった、漠然とした死の不安。それを、私は感じ取ってあげられなかったのだろう。


「………ごめん」
「どうして……謝るんですか…」
「だって……私のせいで、悲しくさせてるから」
「今は謝るより、さっきの返事をいただきたいんですが…」
「……………Lが死んでも、私は生きて行くよ。…そうじゃないと、誰がLのこと、こんなに覚えてるの?」
「…………」
「でも、私より先にLが死ぬのなんて、私いやだからね。……勝手に死んだりしないで」
「約束はできませんが………」


唇に触れた、温かいLの唇。それは、Lのささやかな誓いのようだった。


…死ぬまで、愛し続ける。


嗚呼、それはなんて、悲しい誓い。









2006.11.08 wednesday From mamoru mizuki.