16. 悪



この事件を追いかけていると、自分が正義なのか悪なのか分からなくなるときがある。


キラは確かに悪人を裁いていて、世界の犯罪は7割減少した。…だが、例え犯罪者と言えど、簡単に殺されていいわけがないと思う。それはこの捜査本部に集う者全員が思っているはずだが…私は、揺らいでいる。


女心と秋の空、と言うが、所詮は私も女だったと言うことだろう。そう竜崎に言ったら、彼は少し間を置いてそれは関係ありません、と言った。


「女性であることを卑下する必要はありませんむしろ、誇りに思うべきだと思います」
「そうかしら…女なんてられるだけの弱い生き物よ」
「そんなことありません。…あなたは多分そこらの男より、余程強い」
「力は、でしょう?」
「いえ心もですこの捜査本部に、残れるくらいですから」


ぐしゃぐしゃとかき氷をかき混ぜている竜崎。きっと視線を合わせないで話すのが癖なんだろう。


「…そして、あなたは正義です」
「…」
「人殺しは罪です殺す相手が、誰であっても。だからそれに立ち向かっている私たちは正義です」
「正義…」
「あなたはキラが正しいと、考えていますか?」
「そんなわけないじゃない…キラは許すべきではない…そう思わなければこんなところに来ていない」
「そうですその通り…なら、迷うことは何も、ないはずです」
「…そう、ね」
「人の心を惑わせる…確かにキラはそんな力をもっていますがしかし、あなたは惑わされてはいけません」


切れ長の双眼が、ようやく私を見つめた。…その目に吸い込まれるような、そんな錯覚に陥る。


「……人を惑わせるのが罪なら…貴方も悪人ね」
「…どういう意味ですか」
「私の心を、ちゃんと捜査に向けさせてくれない…私はいつも、あなたに惑わされてばかりよ」
「………」


かき氷をかき混ぜていた手がとまった。ソファの上から両足で飛び降り、のそのそと、こちらに歩いてくる。


「…いいえ」
「え?」
「悪人はあなたですさん」
「は…?」


竜崎の長い指が伸びて来て、…ゆっくりと優しく、私の頬に触れた。ひんやりとしていて気持ちいい。


「…私を魅了する、あなたは悪人です」


黒い目が、静かに瞬いた。


「私たち、悪人同士?」
「いえ悪人は、あなただけです」
「じゃあ悪人にあなたは魅かれているの?」
「……そうなります」


緩く触れたままだった指が、温まっていく。そして二人の距離が縮まって……すっと、唇が重なった。


やっぱり悪人はあなたよ。だって全然あなたの気持ちなんてわからないもの。…こんな風に唇が重なっても、あなたに愛されているかどうかなんて、全然知らないもの。


…それを知りたいと思う私も、きっと悪であるのだろうけれど。









2006.11.08 wednesday From mamoru mizuki.