29. 月



月には魔力があるという。


私以外のみんなは―夜神局長でさえも―床に寝転がったまま夢の中。私は手持ちぶさたを紛らすために窓を開けて外を眺めていた。


今日は満月だ。白く淡い光が辺りを照らしている。こんなに光が綺麗だと、なるほど魔力というのも頷ける気がした。


ふと、視界の端で動くものを見つけた。視線を向けるとそこには隣りの窓から私と同じ様に顔をのぞかせる竜崎。彼もさっきまでソファで寝ていたはずだったから、少し驚いた。


「竜崎…起きたの?」
「はい。あなたが窓を 開けたので」
「あぁ…ごめん。起こしちゃったね」
「気配で起きるのは癖です気にしないでください」


ふぁ、とあくびをして、だらんとサッシに寄り掛かる。眠そうな目が少し泳いで、私をとらえた。


は寝ないんですか」
「んー… なんか眠くなくて」
「捜査に支障がでます少しでも寝てください」
「一番寝てない人が言えることじゃないでしょう」
「私の場合はもう慣れました」
「慣れるものなの…?」
「…はい」


そう答えながらもふぁ、とあくびを漏らす。…やっぱり、慣れるわけないんだから。


「………意地っ張り」
「知ってます」
「本当は眠いんでしょう?」
「………いいえ」
「まったくもう。…どうしたらちゃんと寝てくれるの?」
「さぁ」


自分のことのくせに、曖昧な答えをする竜崎。彼らしいと思ったら、思わず笑みが零れた。


「…今日なら特別に…添い寝してあげようか?」


冗談のつもりで自分で言ってみたけれど、なんだかすごく大胆なことを言ってしまったような気がして驚いてしまった。恋人でもない男の人をベットに誘うなんてこと、当然したことがないんだから。
きっと竜崎も馬鹿にしたような言い方で、冗談はやめろ的なことを言ってくるんだろう…と思ったら。


「…ではお願いします」
「――――――…はい?」
「添い寝してくださるんでしょう」
「はぁ………して…ほ、しいの…?」
「あなたがいいのなら是非」


空ろな目を何度も瞬かせて、竜崎は窓から離れていった。姿が見えなくなっても心臓が必要以上に跳ねている。ただからかっているだけだとわかっているのに、本気にしてしまっている自分。


「……嘘…」


呟かないと落ち着けなかった。サッシに体重を預けて出来るだけゆっくり息を吸う。


「…嘘だったんですか」


いきなり、腰に温かい腕が回った。せっかく落ち着きかけていた心臓がまた大きく脈打ち出す。


「りゅっ…竜崎っ!」
「そんな声をだしたら皆さんが起きてしまいます」
「はっ…離してっ…!!」
「………」


私の言葉を聞いた竜崎は言う通りにするどころか更に腕に力を込めてきた。触れ合った部分が温かくて、全身に緊張と安らぎを同時に伝えていく。


「…期待させておいて嘘だなんて ひどいです」
「え…期待、って…」


冗談、の、つもりだった。


「あなたが添い寝してくれるならいつもより 快眠出来るかもしれないのに…私を騙すなんて最低です」
「ちょっ…待って待って!」


頭がすっかり混乱していた。だって私は…軽い冗談のつもりだったのに、竜崎もきっとそう取ってくれると思ったのに…


「…本気、なんだ」
「だから本気です」


囁くような竜崎の声が耳に響いて仕方ない。わざとだろうか、首筋に唇が寄せられていてやけにくすぐったい。


「………じゃあ、一緒に…寝よっか」


そんな言葉が出て来てしまったのは、きっと魔力のせいだろう。


私の言葉に竜崎は軽く顔をあげた。


「……嘘じゃなかったんですか」
「嘘だった…けど、別にいいかなって」
「どうして突然気が変わったんですか」
「魔力だよ。…月の、ね」


思わず自嘲がもれた。月の魔力なんて言葉、本当はただの言い訳なのに。


本当はただ、竜崎を―――


「ねぇ、竜崎はどうして?」
「何がですか」
「どうして私に添い寝してほしいの?」


わざと意地悪な質問をぶつけた。すると竜崎はわずかに口角をあげる。


「…私もたぶん、月の魔力とやらにあてられたんだと思いますですが もちろんそれだけではありません」


ふぅ、と耳にかかる吐息。それに身を捩ると彼は私の頭を撫でて、囁いた。


…愛しています、









2006.11.16 thursday From mamoru mizuki.