36. 視



Lの顔なんて見たこともない。…ってことになってるけど、実は、ある。
それは偶々で、そう、少しだけ開いた扉の隙間から見えた、不健康そうな顔。


『―――では、その方面でお願いします』


Lの言葉で、一斉に周りの人間が動く。同じ建物の中にいるくせに姿を見せないのは、私たちを信用してないからだろうか?…少し、腹が立つ。


「…L」


誰も居なくなったオフィス内で呼びかけると、少し遅れて返事が帰ってきた。


『…はい』
「貴方の顔が、見たいの」
『…何故?』
「別に、ただの好奇心。っていうか、私達って信用されてないのかしら?」
『とんでもない、信用してますよ。…特に貴方のことは』
「…どうして?」
『…貴方は皆さんより優秀ですし…私の顔を見た事があるのに、誰にも言わないでいてくれてますから』
「―――え?」


驚いた。まさか、あの時のことを知られていたなんて。だってLは、パソコンに向かっていて、横顔だけだったのに。


『気配には、敏感なんです』
「っ…」
『それに…』
「そ、それに?」


私が聞き返すと、Lは返事をしなくなった。通信がきれたのかと思ったが、そうではない。…私は何度か彼に呼びかけた。するとひかえめな声で返事が来る。


『何でも…ありませんよ。それより、私に会いたいなら…あの時と同じ部屋に来てください。気づかれないように』


そう言うと、今度こそ本当に通信が途絶えてしまった。わけがわからない、混乱した頭で、記憶だけを頼りにLの部屋へと向う。ドアの前で立ち止まり、戸惑っていると、急にドアが開いて部屋の中に引きこまれた。


「…早く入ってくれないと…不審がられますよ」
「っ、…ごめんなさい」


目の前にいる、不健康そうな、それでいて端正な顔の少年。…これが、L。


「始めまして、さん」


言われた私は、思わず今まで使わなかった敬語が出て来てしまい、しどろもどろになりながら始めましてと返していた。


「…やはり、本物の方が良いですね」
「…え?」


不意に言われた言葉の意味が、私にはわからなかった。話していていつも思っていたが、この人は遠まわしな表現が多すぎる。


「…綺麗、です」
「――――――は?」


本当、わけがわからない。第一主語がない、主語が。

―――期待、しちゃう。




実はLは、ずっと私のことを気に入っていたらしい。あの日、私がLを見ていた事が分かったのは、私を監視カメラ越しや写真ではなく、ちゃんと生で見てみたくて、ドアの隙間から覗いていたから、らしい。


―――それが判るのは、もう少し先のこと。









2006.02.19 sunday From mamoru mizuki.