テレビのCMを見ていて思った。…私と竜崎の間に「物質」って何もない。
彼からもらったものも、彼にあげた物もない。…それって、少し寂しい。
モニターの前で親指をくわえていた竜崎の目が、じろりとこちらを捕らえた。…カップが空になっているみたいだから、きっとおかわりだろう。私は彼からカップを受け取るためにそばまで寄った。…その瞬間、ぐっとひっぱられる腕。
「わっ…」
よろめいた私を竜崎は足の間に座らせた。それからぎゅっと抱き締められる。…少し、体温が上がった。
「竜崎…?」
「、この間指輪のコマーシャルをじっと見ていましたね」
「え…?う、うん…」
「欲しいんですか」
「え………?」
彼の力が少し緩んだ。右手がポケットを探っているようだ。
まさか。まさか。―――まさか。
「…どうぞ」
手のひらに置かれたのは、白い小さな箱だった。…この形、この質感…間違いなく。
「ゆ…び、わ?」
「はい」
蓋を開けて出て来たのは、小さなカットダイヤが数個ちりばめられた、シンプルな指輪。彼の細い指がそれを取り上げて、…私の左手薬指にそっとはめた。
「ぴったりですそれに やはりあなたにはシンプルな方が似合います」
「それはそうと…どうしてわかったの?サイズ…」
「寝ている間に計りました」
寝ている間に自分の体が竜崎の好きにされていたのかと思うとゾッとする。
「でもどうして…」
「…私はあなたと共にどこかに行ったりはあまりできませんそれに あなたは私を無理やり連れ出したりしないでしょう」
「…うん…まぁ」
そりゃ、職業上仕方ない。それにキラ事件となればそう派手に動けない。
「だから、思い出を作りたいと思いました」
「…え?」
「私とあなたの思い出を」
そう言って、竜崎は微かに笑った。
指輪はとても綺麗に、キラリと光る。竜崎との思い出が、これからいくつ刻まれていくだろうか。
「…ありがとう、竜崎」
「いえ。私が勝手にしたことです気にしないでください」
「…嬉しい。…なんか、結婚指輪みたいだね?」
「それでもいいですよ」
「ばか。結婚なんて出来ないでしょう?」
「……はい。ですが現在では事実婚と言う言葉もあります」
「事実婚、ねぇ?」
「…つまり、愛があればそれでいいということです」
再び腰に回された腕。体が密着して、とても温かい。
「…」
「なに?」
「私のこと、愛してますか?」
横からのぞきこんで、分かりきったことを聞いて来る。世紀の名探偵はどうやら、相当に意地の悪い性格らしい。
「…愛してるわ。…この世で一番」
珍しく開いていた捜査本部の窓。そこからふわりと入り込んで来るのは、やわらかな春の風。
陽光に照らされて、指輪が小さく光を放った。
2006.11.13 monday From mamoru mizuki.