48. 線



がりがりがりがり、地面に真っ直ぐ一本傷をつけるように引っ張った線。


「こっから先、入って来ないでね?」


にっこり目の前の変態に言ってやったら、やれやれ、みたいな表情を浮かべやがった。あんた…殴ってやろうか?


何が原因かって?全部こいつが原因に決まってる!


徹夜明けの体引きずって封神計画に貢献しようとしているのに、いきなりやってきてぐいぐい引きずって連れてきたところが崑崙山からめちゃめちゃ離れた所、しかも送ってあげるって言ってる黒点虎を無理矢理どっかやっちゃって、何するのかと思ったら襲いかかってくるだと?!


「ばーか!あーほ!はげ!死んじゃえこのまぬけ!」
「私ははげではありません!」
「うっせぇー!生きてるだけで公害なんだよ!どっかいけ!」
「…そこまで言われるとは思いませんでしたよ」


いきなり俯いて、ふ、ふ、ふ、何て笑い出した申公豹。きもちわるっ、ってか近づかないで!って思っても、壁になるものが何にもないここで彼から逃げるのも難しい。


「…いくら貴方でもそれ以上言うと許しませんよ?」
「許してくれなくて結構!とにかくこっちくんな!」
「こんな線一本…無意味ですよ!」


私が引いた線を踏み越えてこっちまで入ってくる。そこからはあっという間で、腕をつかまれて、押し倒される。


「ちょ、止めてよっ!」
「私だって無理矢理なんてしたくないです!」
「だったらはなせっ!」
「話しますから話を聞きなさい!」
「信用出来ない!今すぐあの線の向こう側までいけっ!」


申公豹は私から離れて、本当に線の向こう側に行った。…まさか彼が素直に従うなんて、ちょっとびっくりだ。


「で、なんなの」
「別に。ただ貴方にあいたかっただけです」
「ばーか。用もないのにあんたが会いにくるわけないでしょ」
「…」


私の言葉に、申公豹は黙りこくった。…いや、そんな表情されると困るんだけど。


本当はちゃんと知ってる。彼は私に用があってきたこと。けど私と申公豹って、会うと必ず喧嘩になるんだ。一度はけんかしないと気がすまないって言うか、調子が狂うって言うか。


「貴方に、聞きたいことがあるんですよ」
「変なことだったら断るわよ」
「女禍のこと…太公望に話しましたか?」


予想してた問いだった。彼はいつも、私にだけはこの先何が起こるのかとか、彼の見解とかを話す。けど、それを誰かにしゃべられるのは好まないらしくて。


「…話してないわ。それに、女禍のことは彼が自分で気づいて行かないと意味がないもの」
「そうですか。安心しました」
「あんたねぇ。私があんたと何年付き合ってると思ってんの?あんたの考えそうなことぐらいわかるわよ」
「つまりは私のために黙っていてくれたと?」
「…まぁ、そういうことかな」


立ち上がって、服についた砂をほろった。私と同じく立ち上がった申公豹が、線を踏み越えてこちらにやってくる。…今度は押し倒すんじゃなくて、もっと優しい、やわらかな仕草。


「さすが、私が見込んだ女性だ」
「あんたに言われると褒め言葉に聞こえないんだよね」
「素直じゃないですねぇ」


くっくっ、と笑う申公豹。ふわりと羽の様に優しく腰に回された腕が引き寄せてくるのと同時に、口付けが降ってくる。


こんな関係でもいいかなって思えるのは、きっとこの瞬間がとても甘く感じられるからなんだろうな。


(でも変態だけはどうにかして欲しい)









2006.10.12 thursday From mamoru mizuki.