靴が…ない。
捜査が一段落してようやく帰宅しようと言う時間。私は入口で茫然と立ち尽くしていた。
靴がなくなるなんてこと、小学生や中学生の時ですらなかったのに。
「…局長」
夜神局長に救いを求めたが、局長は苦い表情を浮かべた。…そりゃあ早く帰りたいですよね。家族が待ってますもんね。
「じゃあ…」
指名、しようとした瞬間、みんな私から目を逸らす。…なんて薄情な人なんだろうかと思ったのも束の間、後ろからさんと声をかけられた。
「竜崎…」
「どうかしましたか」
「靴がなくなっちゃって…知らない?」
「私は今日一日玄関に近付いていないからわかりません」
「…そうよね。…で、一緒に探してよ?」
そうだ竜崎、そうしてやれと夜神局長。どうやら本当に帰りたいらしい。
「…いいですよ しかしその変わり」
竜崎が気怠そうに、一体どんな条件をつけてくるのかと思ったら…
「今日は泊まって ください」
「っ…!!」
一体何を言い出すんだこの野郎は!とも言えず、動揺であたふたしてしまう。
「竜崎…!何てことを…」
「決して変な意味ではありません勘違い しないでください」
松田さんのひとことに竜崎が全面否定。…ある意味すごく失礼なんですけど。
「今日はワタリが帰って来ないんですだから 仮助手としていてもらえませんか」
「仮助手…なんだそれ…」
「嫌でもいてもらいますどのみち 靴もないようですし」
「…そう言う問題か…?」
「そう言う問題です。さぁこちらへ」
誘導するというよりは引っ張るに近い感じで、無理やり部屋の奥に連れてかれる。痛い…とても痛い。
「痛いんだけど…」
「そうですかすみません」
心の籠ってない謝罪をされた…こうなると既に謝罪ではない…。
「とにかく、こちらに来てください」
そう言った竜崎がやたら引っ張るものだから、私は思わず彼の手を振り払った。それに驚いたらしく彼が目を丸くして振り返る。…私はその手をそっと、握った。
「引っ張られるよりこうされる方がいいんだけどな」
「………………」
「? どうかした?」
「いえ…」
どうやら軽く驚いてくれたらしい。普段私が驚かされているから、ちょっといい気味だ。
それから私はLに引っ張られ、モニターの前に座った。そしてLが資料や画面と睨めっこしている…かと思いきや、何故だか私の方をちらちら見てくる。…落ち着かない。
「…どうしたの、竜崎」
「いえ」
「いえって…さっきから見てるでしょ…」
「……はい見ています」
「何か用でも?」
「………」
黙り込んだ。…何?思わず首を傾げた私に、いきなり竜崎の唇が降ってくる。あまりにいきなりすぎて動揺している私の後頭部を押さえ付け、まるで貪るような、普段の彼には似合わない情熱的なキス。
あの日以来、触れることすらなかったのに。いきなり、あの時には感じ得なかった、強い独占欲。
ようやく唇が離れると、頬に尖らせた唇を軽く押しつけられた。滑るように鼻を、目を辿り、やがて耳へと到達する。…耳ごと食べられてしまいそうな大きな口で包む様にくわえられると、生暖かい舌が淫らな音を立てた。
私はただ彼に身を任せていた。始めて感じる彼からの快楽を、もっと欲しいと思ったから。…しかし、竜崎はそれ以上、何もしてこない。
「……竜崎?」
不安になった。うっすら目を開けると、私にじっと視線を送る竜崎。
「…抵抗…しないんですね」
「え…?」
「あれから何も言って来ないので嫌われたかと 思いました」
ふわりと羽根が落ちるような優しさで、手首に彼の唇が触れた。
触れて来なかったのは、貴方の方でしょう?
私の方からはいつだって、甘えていたはずなのに。
…私はずっと、寂しかったよ。
「………すみませんでした」
いきなり、まるで私の考えを察したかのように竜崎が言った。思わず目を丸くしてしまった私から、彼はするりと離れて行く。
「あなたに触れるのが怖かったんです」
すねたように口をとがらせる竜崎。テーブルに置きっ放しだった棒付きキャンディをとって、くわえる。その仕草はまるで赤ん坊だ。
「…それに貴方から触れて欲しかった というのもあります」
彼なりに、照れくさいと感じているのかもしれない。だから振り返らないのかもしれないけれど、私は嬉しくて嬉しくて、仕方なかった。
確かに今まで、少し我慢していた所もあった。あなたに触れたい、キスしたいと考えても、今は仕事をしているんだと考えて、我慢した。
もしかしたらそのとき彼は、私に触れてほしいと願ったのかもしれない。
後ろ向きの竜崎に、しがみついた。ソファの上でバランスを崩し、こちらに倒れてくる。…背中は温かくて、気持ちいい。
「…今日は一日、あなたに触れていたい…って言ったら、怒る?」
「……いいえ。 むしろ大歓迎です」
「なら…こっち向いて?」
ゆっくりと倒れかけた体を起こし、ソファに綺麗な手をついて振り返る。ぐっと沈み込んだソファは、二人の距離を埋める。
「…今日はもう帰しません」
「帰らないよ…どのみち靴もないし」
「靴があったら帰るんですか?」
「…靴があっても、帰らないよ」
分かりきったことを聞いて来るあなたは、ずるい。それに、私を包み込んでくるこの腕も、黒い瞳も、全部、ずるい。
突然、竜崎が立ち上がった。私から名残を惜しむようにゆっくり離れていく。向った先は、自室のようだ。そこで待ってろと言われた気がしたのでそのままソファに座っていると、やがて出て来た彼の両手がつまんでいるのは…
「っ!私の靴っ…!」
わざと隠したなこいつは!と怒る間もなく、竜崎は私に靴をさしだして来た。
「これがあっても、帰らないんですよね?」
「……」
「帰らないんですよね?」
じ、と射抜かれた。まるで私を試しているような視線…けど竜崎、私の言葉なんてもうわかっているでしょう?
「帰らないよ…竜崎」
その言葉を聞くと、彼は私の靴を放り出して満足げに笑った。そして最上級の甘いキスをくれる。
「……愛しています、さん」
「私もよ…竜崎」
再び自然に、唇が重なる。少し強引で、それでもすごく、優しかった。
2006.11.10 friday From mamoru mizuki.