01.今日も遅刻



我が母校、西浦高校に、今年からなんと硬球部が出来た。今年からだから当然メンバーは1年生オンリー、でも嬉しいことに、シニア出身が3人もいるし、他の子も経験者が多い。それに、投手の三橋くんは超絶コントロールを持っている。


朝大学に行くとき通りかかると、必ず活気のある声が聞こえてくる。その声を聞いていると、ついつられてそちらに足が向いてしまう。


「百枝先輩!」


みんなにモモカンと呼ばれている監督の百枝先輩。これでも元(軟式だけど)野球部のマネージャーだった私に、OGとして色々教えてくれた人だ。


「あぁ、ちゃん!ちょうどいい所にきたわ!」


え?首をかしげると、先輩はこっちこっち、と手招きしてくる。素直に駆け寄ると、ちら、とベンチの方に視線を促した。阿部くんが座って防具を外している。


「あれ。本人はいいって言い張るんだけどちょっと見てあげてくれる?そうしないと落ち着かないやつもいるし」


今度はベンチの隅っこを指差す。そこには、おろおろと阿部くんとこちらを交互に見ている三橋くんの姿。…あぁ、なるほど。


「阿部くんのためってよりは、三橋くんのためですね」
「ま、それもあるけど…ね」


先輩は、僅かに苦笑いを浮かべた。 ? 他に何か理由なんてあるんだろうか。見た所阿部くんは大した外傷もないし、防具を外すその表情だって、痛みに歪んでるとかそんな感じはしない。


でもまぁ先輩に逆らうのは怖いので取りあえずおとなしく阿部くんに近付いた。


「阿部くん?大丈夫~?」
「…………………」
「ちょっと、シカトはよくないよ、阿部くん」
「…何でもねぇ」
「なんでもなくないでしょ。まったく、表情で丸分かりなんだから、嘘吐かないの」


阿部くんの正面にしゃがんで、じっと瞳をのぞいた。阿部くんは、これに弱い。普段自分が見る方だから、見られるのになれてないのかもしれない。


「で、どうしたわけ?」
「別に」
「あのねぇ…」
「どうでもいいだろっ」
「随分な物言いね。そんなこと言って放っておいて、万が一のことがあったら…」
「自分の体のことくらい自分でわかるよっ」
「生意気言ってんじゃないの。聞き分けないのも大概にしなさいよ? 三橋くん、阿部くんどうしたわけ?」


それは"どういう症状があってベンチにいるのか"と言う意味と、"どうしてこんなにイラついているのか"という、二つの意味で聞いたんだけど、後の方はわからないだろう。


「あ…の、とり、そこね…て、膝に…」
「どっち?」


三橋くんの手が阿部くんの右足を指した。阿部くんは相変わらず機嫌悪そうに顔を背けている。


「…右足ね」


阿部くんの右足をゆっくり持ち上げた。ユニフォームを膝までまくりあげる。…少し青くなっている。


「膝曲げるよ… 痛い?」
「いや」
「じゃ、伸ばすよ」


ゆっくりと膝を伸ばしてやる。けど、阿部くんの表情は変わらない。


「大丈夫みたいね」
「だから大丈夫だって言ってるだろ!」
「そうね。でも青くなってる」


変色した部分を軽く押してやると、顔をしかめる阿部くん。骨に異常はなさそうだけど(ほら、三橋くんの球って、遅いし…)、一応救急箱から取り出した湿布を張ってやる。ユニフォームを元に戻してから、阿部くんの隣りに座った。


「……三橋くん、阿部くんならもう大丈夫だから…ちょっと、二人で話させてくれないかな?」
「うっ、あ、うん…」


頷いて、ベンチから離れて行く三橋くん。キャッチ練習をしている田島くんに声をかけたのを見届けると、今度は隣りの阿部くんをみた。


「…ねぇ、阿部くん」
「なに」
「阿部くんさ、私のこと…嫌いなのかな?」
「っ…! はぁ?!」


何言ってんだこいつ。そんな視線が向けられる。いやでもさ、阿部くんの態度を見てると、そんな感じしがどうしてもしちゃう。


「ねぇ、嫌いなの?」
「…」
「そっか。私なんかしたかなぁ」
「っ、! き、嫌いじゃねぇよ!」


大きな声で叫ぶように答えた阿部くん。思わず隣を振り返ると、かなり赤い顔をして俯いていた。


「そう、そりゃー嬉しいわ」


笑いが込み上げる。面白い、と言う意味の笑いと、嬉しい、と言う意味の笑い。


「…笑うな」
「だって、うれしーんだもん」
「なんでだよ」
「だって阿部くん、私のこと好きでいてくれてるみたいだから」
「っ! 好きじゃねぇ!」
「う・そ。阿部くんって素直じゃないねぇ」
「うるせぇよ!」
「怒んない怒んない。…私も、阿部くん好きだよ?」
「~~~!」


真っ赤になって俯く阿部くん…を見て、私はようやく自分の発言の大胆さに気がついた。


好きだよ、って、告白かよ…!


「ごごご、ごめん!そ、そんなつもりじゃっ」
「……思わせぶりかよ」
「え?」
「なんでもねぇ。それより…なぁ」
「ななっ、なな、なにっ」
「三橋じゃねぇんだからんなどもんなよ。 あのさ、オレのこと阿部くんって呼ぶの、やめねぇ?」
「……は?」
「だーかーらー、阿部くん、じゃなくて、隆也って呼べよ!」
「な、なんでっ」
「なんでもだよ!それに、オレもって呼ぶからな!」


そう言うと、阿部くんは防具をつけて立ち上がり、ニッと笑ってみせた。さっきまでとはうってかわって、すっかり機嫌が良さそうだ。


なんでかな、もう。わけわかんない。


三橋くんのところに戻っていく後ろ姿を、茫然と見ていた。なんだかもう、色々拍子抜けで動けなくなった。


そして今日も、一時間目に遅刻するんだな。









2007.06.26 tuesday From aki mikami.