04.試合前



ーーーーー!」


グラウンドをものすごい勢いで走ってくるのは、野球部の田島。同じクラスで、超腐れ縁の恋人だ。


「…何よっ!」
「あのさ、オレ明日試合なんだよ!」
「……で?」
「で、って…冷てーなー! でもそんなとこも好きだぞ!」
「……話がないんなら、私行くから」
「待って待って! なんだよー、、ノリ悪ぃなぁ」
「悪いわよ、元々。で、何よ」
「そう、あのな、オレ明日試合何だよ!」
「…さっきも聞いたけど」


さっきどころか、もう何十回も聞いた。むしろ会うたびに言われてる気がする。たぶん田島の中では其のひと言で全てを伝えたつもりなんだろうけど、彼の思考回路は計り知れないから、そのひとことが何を意味するのかは、私にも良くわからない。たぶん、私以外の人はもっとわからないだろう。


「だからさ、試合なんだよ!」
「三回目だっての。 で、試合だから、なんなの。見に来てほしいってんなら、言われなくてもいくよ。浜田くんに呼ばれてるしね」
「そーじゃないんだよ。だって中学のときもさ、オレの試合全部見に来てくれてたじゃん!」
「…そーだね。で、試合だから、なに?なんかしてほしいわけ?田島の旗でも振ってほしい?ならお断りだよ」
「そーじゃねーよ。ほら、試合の前といえば、アレだろ!アレ!」
「は…アレ?」


アレ、と言われてあれこれ思い出してみるけれど、中学三年間、試合前に習慣にしていたことなんて…ない気がする。頑張ってね、くらいなら毎回言ってた気がするけど…


「…がんばってね?」
「ちーがーうー!もっとラブラブなの!」
「は…?ラブラブ?そんなことしてた?」
「してねーけど!ほら、高校野球だし!」


なんだ、してないんじゃん。考えて損した。それにしても、高校野球だからラブラブ?どういう思考回路だ。末っ子だから甘えたなのは知ってるんだけど、それにしてもずいぶんじゃない?まぁ、私が甘えベタな分、それで成り立ってるんだけど。


「…ラブラブねー」


ラブラブ、何て言われて思いつくのは、ハグ?キス?それとも田島お得意のエッチ?でも、それはちょっとまずいでしょ。野球部のみんな、バッチリ見てるし…


「…じゃ、目、瞑って」


うん、と頷いて、笑みを浮かべながら目を瞑った田島のほっぺたに、軽くキス。すると、うおぉー!といきなり唸りだして、両手で硬くこぶしを作って、よっしゃーーーー! と、向こうまで届きそうな声で叫んだ。


「気合い入ったーーー!明日、シンカー打つ!」
「そ、頑張って」
「おう!じゃな、! 愛してるぞ!」
「ハイハイ、私もよ」


じゃーなーーー! 大きく手を振りながら野球部に戻っていく。たぶん、明日みんなに会ったら笑われるんだろうな。あー、あっちーなー、とか、泉君あたりに言われるんだろうな。栄口くんとか三橋君とか西広くんは、顔を赤くして私から目を逸らすんだろうな。…阿部くんとか巣山くんとか水谷くんは、にやにや笑いながら私たちを見るんだろうな。他の二人は、きっと顔には出さないけど心では笑ってるんだろうな。ああ、嫌だ。明日応援いかないどこっかな。


でもダメだ。私がいかなきゃ、きっとあいつ、シンカー打てないぞ。笑われるのは、我慢我慢。ってか、中学時代からだし、もう大分慣れたかも。


結局何だかんだ言って、あいつのこと好きなんだよね、私。


そんな自分が、ちょっとだけ恥ずかしかったり、誇らしかったり。









2008.01.06 sunday From aki mikami.