07.授業中



一番後ろの席でカタカタやっている阿部は、当然先生の話なんてまったく聞いていなかった。


メールの相手は、恋人の。内容はというと、…なんともくだらなく、今日は練習を見に来るのかこないのか、ということ。


阿部は来てほしいと思っているのに、の方は大学が忙しいから行きたくない、と言い張る。普段なら阿部がいくらわがままを言ってもすぐの方が折れるのでけんかにはならないが、なぜか今日に限っては折れない。阿部のほうはイライラしてきて、ばれていないか時々先生のほうを確かめながら小さく舌打ちをしたりした。その瞬間四方の席に座っている子が全員振り返り、さらに機嫌が悪くなるのだが。


『何だよ。今までだって忙しくても来てくれただろ』
『そうだけど、今日は無理なの』
『何それ。なんか用事でもあるわけ?』
『だから、大学だってば』
『講義なんて5時過ぎたら終わるだろ?なら忙しくねぇじゃん』
『その後調べ物とかするの』
『調べ物ったって7時くらいまでには終わるだろ。部活は9時までやってんだから、来れるじゃん』
『とにかく今日は絶対だめなの。会えないの。お願い、許して?』


そのメールを見た瞬間、阿部の手がぴたりと止まった。


お願い、と言われると、阿部は弱い。普段はやはり年上で勝てない相手からお願いされると、「聞いてやるから子供扱いすんなよ」という気分になってしまう。


『…わかった。そのかわり、明日は絶対来いよ』


小さくため息をつくと、そう打ち返してケータイを机の中に放った。カシャン、と音がした瞬間クラスの半分が振り返ったが、機嫌の悪そうな阿部を見ると一瞬にして全員が前に向き直ってしまった。


翌日。


「はい、隆也」


そういって差し出された水色の包みを持ったまま、阿部はボーっと立ち尽くしていた。


「…何、これ」
「何って、ひどいなぁ。おやつ作ってきたの。クッキー!」
「もしかして…忙しいってこれ作ってたのか?」
「そ。ごめんね、隆也?」


くす、と笑いながら隆也を覗き込む。その瞳には、どこかからかうような色が含まれている。阿部はむっとして、でもクッキーをもらえたのはうれしくて、ふいっとそっぽを向くと、バーカ、といいながらクッキーをかばんにしまった。


そのさらに翌日。


授業中、機嫌よさそうにメールを打つ阿部を見て、クラスの半分は安堵の表情を見せた…のは、一番前で一部始終見ていた先生だけが知っている話。









2007.07.20 friday From aki mikami.