(23.避難訓練 の続き)
「あれ」
職員室(2階)から帰る階段の途中に生徒手帳が落ちているのを見つけて、思わず拾い上げた。表を返して、学生証をのぞきこむ。
「……あ、"ミハシくん"」
どうやら生徒手帳の持ち主はあのときのミハシくんらしい(そうか、"三橋ってかくのか)。ひどく困ったような表情を浮かべている。クラスを見ると、1年9組27番と書かれている。あ、兄弟学級だ。
取りあえず、届けてあげようかな。
私は生徒手帳を持ったまま、階段を上った。普段なら3階までしかのぼらないところを、3階まで足を向ける。1年生のときは3組だったので、9組の方までは殆どいったことがなかった。帰宅部だから部活の友だちがいるわけじゃなくて、ほとんどクラスの友だち(の友だちとかいなかったわけじゃないけど)ばっかりで、9組は未知の世界だった。
9組の前まで来て中をのぞくと、さすが1年生のクラスだけあって2年生より大分落ち着いた雰囲気だった(ほら、2年生は中だるみっていうし、やっぱり3学年の中で一番うるさいわけだ)。視線を巡らせると、見たことのある男の子と目が合った。確かあの時、三橋くんのすぐ後ろにいた子だ。黒髪で、頬っぺたにそばかすがある。
「あれ?あの人…」
「え?」
「え、なになに?」
彼のひとことに二人が振りかえった。一人は黒髪で、鼻の頭にそばかすがある子。そしてもう一人は…
「あ、三橋くん!」
「っ!!!!」
私の言葉にかなり困惑した表情を浮かべた。いや、あれは困ったというより泣きそうって感じ。え、私何か言ったかな…何も言ってないような気が…
「え…あ、う、そそ、そ」
「あー!しっかりしろよ三橋!せっかく憧れの先輩がいるんだから!」
「え?」
「あのー、何の御用でしょうか先輩」
そう言って、頬っぺたにそばかすのある子がこっちに寄ってきた。
「あの、これ…落ちてたから、三橋君の…」
「え、…あぁ、今朝落としたって言ってた… おい三橋!生徒手帳届けてくれたみたいだよ」
「う、うん…」
すすす、と歩いてきて、そばかすの彼に隠れるようにこっちを見ている。そろそろと手を伸ばしてきたから、その手にポンと生徒手帳を渡すと、びく、と肩が震えた。
「おい三橋…お前そんなんじゃだめだろ」
「で、ででででも泉くん、オオオ、オレ!」
「いーからいーから!積極的にいけよ!」
「田島。お前その発言あからさますぎ」
「えー?なになにどーしたのー?俺も仲間にいれてー!」
「お、浜田ぁ!あのなぁ、この人三橋の好きな… むぐぐ!」
「い、いいい、言わないで!」
「あのー…」
私のことを話しているのはわかるんだけど…もしかして、三橋くんが私のことを好き、とか言う話なのかな。
「み、三橋くん…?」
「え。あえ、……は、はい」
「えっと…今日練習見にいっていいかな?」
どうして好きになってくれたのかわからないけど。と言うか、どこから私のことを知ったのかわからないけど。…でも、避難訓練でハンカチを使うような男の子なら、きっといい子なんだろうと思うし、…私は、そう言う子のほうが好きだから。
「え!」
「…あ、い、いやだったかな…?」
「い、いや、…じゃない、です」
俯いて、かなり顔を真っ赤にしてそういった三橋君。見てたら私まで恥ずかしくなってしまった。
うん、もうちょっと仲良く、なってみよ。
2007.07.02 monday From aki mikami.