23.避難訓練



避難訓練なんて、学校全体で授業をサボるようなものだと思う。勉強は嫌いじゃないけど、授業を受けなくていいのはかなり嬉しい。


サイレンが鳴ってすぐは放送を聞く。そして放送の「避難を開始してください」にあわせてみんな教室を抜け出し、整列も中途に歩き出す。ちなみに避難訓練を避難訓練と思っている人はほとんどいない。クラスのみんなは楽しそうにおしゃべりしているし、他のクラスの子だって。実際の火事で喋ったら死ぬのにな(今回は家庭科室で実習中に火事が起きたという設定)。


私はハンカチを口元に当てた。そんなことをしているのは、もしかしたら私と先生だけかもしれない。


順番に階段を下っていく。後ろからついて来ているのは1年生のクラスだ。


ちなみに隣りを歩くのも、1年生のクラス。2年が1年に囲まれるって、なんか落ち着かないなぁ。私はぼんやりと考えながら(私も危機感ない)階段を下った。すると。


「っ、わっ!」


上の方で、男の子の叫ぶ声が聞こえた。思わず振り返ると、…足を踏み外したのか、階段に背中を預けている1年生がいる。しかも、彼の手から落ちたのだろうか、青いハンカチがこっちまで転がって来ている。


「三橋!大丈夫かよ…」
「怪我なんかしたら阿部に怒られるぞ?」
「っ!あ、へ、平気!」


起き上がって制服のホコリを払う"ミハシくん"。その顔は、何度か見掛けたことがあった。


今年から出来た硬式野球部。新しい部が出来るなんて珍しくて、見に行ったことがある。


そう…ピッチャーの子だ。


私はハンカチを拾いあげると、彼に差し出した。その瞬間、"ミハシくん"は怯えたような表情を見せる。


「あ、あ、あの…!」
「えぇっと…これ、あなたのでしょ?落としたよ、はい」
「えっ!あ、ああ、あり、ありが…」
「おい、お前が行かないとクラス点呼とれないんだぞー?」
「え?あ、はい…!」


結局私は、"ミハシくん"の言葉を全部聞く前に先生に連れてかれてしまった。その瞬間、"ミハシくん"の顔が真っ赤になった気がしたのは、たぶん気のせい…じゃない。




その後。


「三橋!あれってお前の憧れの先輩じゃねぇの?」
「すっげぇ!よかったな!」
「う、うん!」


そんな会話が繰り広げられていたと知ったのは、ずいぶんたった後の話。









2007.06.26 tuesday From aki mikami.