54.通学途中で毎朝会う人



オレなんかに思われても、向こうは困るんだって、わかってる。けど、…あの人、なら、…オレにも、同じ言葉を言ってくれるんじゃないか、って、そんなこと、思うんだ。


まだ朝練も始まってない時期、全然眠れなくて早めに学校に行った日に、たまたまその人にあった。と言っても、オレが見ただけ、なんだけど。




「え?また別れたの、?」


道を曲がって現れた自転車に乗っていた人。毎朝見る人だけど、電話をしながら現れたから、瞬間的に目にとまってしまった。


「はいはい、泣かないの。どうせすぐ元に戻るんだから」

「うん、うん、そうだよ、大丈夫!何だかんだいっていっつも元に戻ってるでしょ。ほら、もうそろそろ家出ないとね」


最初はよくわかんなかったけど、友達が恋人と別れて、その相談をされた、んだと思う。


「どういたしまして。困ったときはお互いさまだからねー。ま、私は全然話聞いて貰ってないけど」

「えー?だって、聞いて貰う話なんてないんだもん。だから文句は言いませんよー」


友達が元気になったのか、電話をしている人の声も、さっきよりも少し元気になった。この人、同じ高校、かな。私服で、バッグ持って、自転車で、…でも見たことないから、たぶん先輩だ。


だから、ずっと道が同じなのはつけてるんじゃなくて、行き先が同じだから、だ!(でも、話に聞き耳立ててたら、だめ、だろ)


電話の人は、信号待ちで止まると携帯を左手に持ちかえた。大丈夫かな。事故起きたりしないかな。オレ、巻き込まれたりして。いや、そんなこと、考えちゃダメだ!


信号が青に換わると、電話の人はまた右手に電話を持ちかえて、自転車を漕ぎ始めた。その瞬間一瞬だけ追いついて、見えた横顔が恥ずかしそうに赤く染まって、でも、どこか楽しそうに笑っている。


「…え、タイプっ?…そう、だなぁ。自分の好きなことを、すごく熱中して頑張ってる人、かな。それがスポーツでも勉強でも」


ドキッとした。


―――頑張ってる人


何でオレがドキッとするんだ。オレのこと言ってるわけじゃないのに。向うはオレのことなんて、知ってるはずないのに。なのに、なのに。


だってお前 がんばってんだもん!!


阿部くんの言葉が頭に浮かんだ。


っ、違うぅ!それは、阿部くんがオレに言ってくれた言葉だ!


…でも、もし同じことを、他の人も…思ってくれるなら。




「おい三橋!」
「っ、あ、わ、田島くんっ」
「早く逃げないと、焼け死ぬぞー!」
「そう言うお前は大声でしゃべんなよ。何のための避難訓練だよ」


ぼんやりしてるうちに、サイレンが鳴り止んでいた。クラスの殆どが廊下に出て、オレやオレを待ってくれてる田島くんと泉くんをまっている。


行かなくちゃ。


鞄の中のハンカチを握って席を立った。泉くんに律義だなー、と言われたけど、意味はよくわからなかった。


このすぐ後、あの人にあうことになるなんて…当然オレは思っても見なかった。
(23.避難訓練に続く)









2007.08.05 sunday From aki mikami.