57.2人で登下校が夢でした



「あ…」


友達とカラオケに行った帰り。たまたま学校の近くを通ったら、野球部の集団にばったり出くわした。…当然中には勇人もいるわけで、私の顔を見るなりものすごい剣幕で近づいてきて、こんな時間になにやってるの!だって。


「なにって…友達と遊んでた」
「遊んでたって、今何時だと思ってんの!10時だよ10時!」
「わかってるよ…」
「わかってるじゃないよ!何かあったらどうするんだよ!」


勇人のあまりの勢いに、野球部の面々は目を丸くして驚いている。…そりゃそうだ。勇人がここまで怒ることなんてほとんどないもんね。それにしても、みんな驚く中で阿部だけがニヤニヤ笑ってるんだけど…すっげームカつく。


「ごめん」
「…まァ、無事ならそれでいいんだけど…」


実は、こんな会話は初めてではない。最近は少なくなったけど、昔私がもうちょっとグレてたころは、夜中に帰ることなんてざらだった。そうしたら勇人が必ず玄関の前で待っていて、ものすごい剣幕でしかりつける。…だけど、私が素直にごめんと謝ると突然スイッチが切れたみたいに大人しくなる。


「じゃ、帰ろうか」


勇人がそういって、コンビニにとめていた自転車に向かった。私は勇人がそれに乗ってくるのを待ちながら、ちらりと野球部の面々を見やる。…もう誰も驚いてはいなくて、むしろニヤニヤ笑ってすごくムカつく顔をしている。何か言ってやりたかったけど、全く気づいてない勇人が帰るよ、というので仕方なくそれにしたがって自転車の後ろに跨った。


「じゃーねー」


勇人がみんなにそう声をかける。前を向いてペダルを漕ぎ出すと、ちょっと揺れながら前進する。…久し振りの、勇人の後ろだ。


小さい頃はよく二人乗りをしていた。親には駄目だといわれていたけど、私がどうしてもしたいと勇人を誘い出してこっそり乗っていた。…そして結局二人で怒られて、勇人は泣きじゃくる私を必死で慰めてくれた。


…いつもそうだった。私が弱くて、勇人がそれを助けてくれる。私ばかりがバカで、グズで、勇人はその尻拭いをさせられて…それが死ぬほどイヤなのに、バカな私はどうしたらいいのかわからない。


「…ー」


前から声をかけてきた勇人。何、と答えると、ごめんね、と返ってくる。


…これもいつも通り。今日みたいなことがあったら、必ず勇人は謝ってくる。…それは多分、強く言ったことに、だと思うけど、悪いことをしたのは私のほうなのに。…と、いつも思う。だけど私はいつも、うん、と答える。


だけど。
だけど今日は、違う言葉を言ってみたくなった。…普段なら、絶対言えないはずなのに。


「勇人が謝ることないよ」
「…え?」


勇人が驚いてブレーキをかけた。キキッと音をたてて自転車が止まり、少しだけ前につんのめる。勇人の背中に鼻が当たって少し痛い。


「…珍しいね、そんなこというの」
「うん…なんか出てきた」
「なにそれ」
「さあ…なんだろね」


そういって笑うと、勇人もわけわかんないなァ、と呆れ気味に笑った。


それからまた自転車が走り出す。…私は、自分の家に着くまで、ずっと穏やかな気持ちだった。


家の前で自転車から降りると、勇人も何だか穏やかな顔をしているような気がした。


「…じゃ、また明日」
「うん、また明日」
「部活頑張れよ」
「うん。…は早く寝なよ」
「わかってるよ」


勇人お得意のお母さんのようなお小言も、何故だか居心地よく感じた。


じゃあね、といって、勇人がペダルに足をかける。…けど、一瞬動きを止めて、考えるような顔をした後、私を振り返った。


「…ねえ、覚えてる?」
「え?」
「昔のこと。…小学生になったら二人で…ってやつ」
「小学…二人… あ」


幼稚園の頃。私はまだ自転車に乗れなくて、勇人は先に乗れるようになってて…私がどうしても自転車に乗ってみたくて、だだをこねて後ろに乗せてもらったとき。


小学生になったらこうやって学校かよおうね!


私、そんなこといったんだっけ。…結局小学校はチャリ通禁止で、それは叶わなかったんだけど。


「…小学生ではないけど…さ。一応叶ったよね…夢」


少し恥ずかしそうにそういう勇人。…どうしてそこで恥ずかしがるのか私にはよくわからないんだけど。それだったらさっきの方がよっぽど恥ずかしかったと思うんだけど。…でも、そんなこと今はどうでもよくって。


今は、幼い頃の些細な夢が叶ったことが、ただ嬉しかった。


「ま、まァ…どうでもいいことだよね、今となっては!…あはは…」
「そんなことない。…ありがとう」


無意識でこぼれた言葉に、勇人が驚いた顔をした。…確かに普段は言わないような言葉だけど、…今日は、言っても許されるような気がするから。


「ありがとう、勇人」


言葉と一緒に笑いがこぼれる。それを見て、勇人も笑ってくれる。…昔から変わらないその笑顔が嬉しくて、大好き、と、余計な言葉まで出そうになった。









2009.01.23 friday From aki mikami.