59.図画工作で夢を作ろう



「あ」


師走の終わり。日本全国の習慣になっているように、私も例に習って大掃除をしていたら、とても懐かしいものが発掘された。
「夢」をテーマに作った粘土細工。確か小学校三年生のときだ。


「ゆうとくんとけっこんしたい、かぁ」


今じゃ考えられないような夢だな。そう思ったらなんだか笑えてきた。ダンボールから取り出して、しげしげと眺める。とてもうまいとはいえないけど、一生懸命さがにじみ出ているからOK。


そっかそっか、お嫁さんか。


幼い自分がかわいく思えて、口元が緩んできてしまった。


「なーにわらってんの?」
「わっ…!」


びっくりした。振り返ったら、なぜかそこに勇人がたっていて、しかもこっちをのぞき見ているんだから。私は粘土細工をあわてて背中に隠した。


「何よ…なんでいるのよ」
「おばさんが大掃除手伝ってほしーっていうからさ。力仕事とかあるだろー」
「別に自分でできるもん」
「男手ないんじゃ大変なところもあるだろー?」
「…そんなことないもん」


うちはお父さんが病気で死んでから、"男手"が必要なときはいつも勇人に頼んでいる。向こうもおばさんが亡くなってから、おじさんがいないときにご飯を作りに行ったりしているので、持ちつ持たれつな感じでなかなかうまくやってきたと思う。


「ところでさ、今、なに隠したの?」


肩ごしに背中のほうをのぞきこんでくる。でも、これ見られたら結構マズくない?こっちは必死に隠してるのに、勇人はさらにしつこく見ようとしてくる。


「な、なんでもいーじゃん!ゆーとには関係ないよ!」
「関係ないんなら見てもいいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「減る!」
「減らないでしょー」
「もー!だめなものはだめなの!」


右手で粘土を持ったまま、左手をついて方向転換した…時、床についた左手がつるりと滑った。紙を踏んづけたんだ、と思ったときにはもう遅く、体が後ろ向きに倒れていく。


「わっ…!」
「あ、っぶない!」


勇人の手がすばやく伸びてきて、私の背中に回った。けど、結局私は頭を思い切り床に打ち付けた。床が畳だったから助かったけど、フローリングだったら相当痛かったと思う。痛みと衝撃でうなりながら、反射でつぶった目を開けた。


そこに、勇人のドアップがあった。


「っ、わっ…!」
「え? あっ…、ごめっ!」


勇人は耳まで真っ赤になりながら、私をゆっくりと起こしてくれた。多分、私も耳まで真っ赤だ。


「…………え~っと…」
「…」


お互い言葉が見つからなくて、視線を方々に泳がせる。なんだか気まずくなっちゃったな。回らない頭でそう思いながら床に視線を泳がせる。と、勇人が突然あ、とつぶやいた。顔を上げて、その視線をたどると、そこにはさっきの粘土細工が。


「あっ!」
「へぇ、なにこれ。もしかしてこれをかくしてたわけ?」


私が拾うよりわずかに早く、勇人がそれを拾い上げた。


「3ねん2くみ 、かぁー。懐かしいー、これって"将来の夢"ってやつだよね?」
「そ、そう!そうだから返し…」
「…て、なにこれ、ドレス?なになに、ゆうとくんとけっ… …え?」


最悪。一番見られたくないところ見られちゃった。あまりの大失態に私がわなわな震えていると、勇人は粘土細工を手に持ったまま私のほうをじっと見据えた。


「このゆうとくんって…オレ?」
「……他にゆうとくんっていましたっけ?」
「いないはず。…そっかぁ、オレと結婚したかったんだぁ」
「ち、小さいころの夢だから!今は違うもん!」
「そりゃあ残念」


にやにや、と笑って、勇人は粘土細工を床に置いた。むかつく。今は違うって言ってるのに。多分これをネタに一週間はゆすられるんだ。


「い、今は違うんだからね!」
「はいはい、わかったよー」


さっきまでの真っ赤な顔から一転、余裕に満ちた笑みで、私の頭を数回たたいた勇人は、よっこいしょ、と立ち上がってそのときちょうど、台所のほうから母さんの声が勇人を呼んだ。はーい、今行きまーすと返事をした勇人は、がらりとふすまを開け放つ。すぐに出て行くかと思ったけど、なぜか立ち止まって、…少し迷ったようなそぶりの後、振り返って、言った。


「…オレは今も、大歓迎だけどね」


ピシャ、とふすまが閉められた。…なんか突然のことで、よくわからないんだけど……


大歓迎って言うのは要するに、ゆうとくんとけっこんしたい、って言葉に対して…なの?


「…っ、ばか!」


だから、今は違うんだってば!そういったはずなのに、なぜか私はまた耳まで真っ赤になっていた。もう、やだ!勇人はそういう言葉を簡単に言うんだから。


粘土を元のダンボールにしまいながら一人ぷりぷりしていたら、あとからまた勇人が戻ってきたからとりあえずデコピンを食らわせてやった。(デコ広いからやりがいがあるわ!)









2007.12.28 friday From aki mikami.