「殺生丸の髪の毛って、すっごく綺麗だよね」


そう言って、は殺生丸に熱烈な視線を注いだ。殺生丸はそんなに冷ややかな視線を向ける。


ほとんど雲のない青空の下。りんは涼を求めて川遊びをしている。そして、半ば無理矢理それに付き合わされている邪見と、川辺で座って寛いでいる阿吽。


ようするに今は休憩中。昼食後の、とても穏やかなひと時だった。


なんの脈絡もない話だったが、の話の脈絡がないのはいつものことなので、ああまたか、と殺生丸は思った。そしてそれを口に出すとああだこうだとやかましくなることもわかっているので、そこそこに聞き流すに限る。


そもそも男の殺生丸には髪などさほど興味はないので、きれいなどと言われても特になんの感情もわかなかった。


「うらやましいなぁ。長くてきれいだし、銀色だし、こうやって近くで見てもあんまり痛んでないみたいだし」


殺生丸の髪を手にとって毛先の方を眺めたり、手ぐしを通したり、匂いを嗅いでみたり、陽に透かしてみたり、本人が抵抗しないのをいいことに好き放題している。殺生丸が頬に触れたりするのはあんなに照れるのに、自分から触れるのは平気なのかと殺生丸は思ったが、特に口に出すことはしなかった。


「枝毛もないし…いいなぁ」
「そうか」
「そうよ」


この髪なら素敵な布が織れそうね、などと言いながら自分の髪と殺生丸の髪を見比べている。人毛の布というのはさすがの殺生丸も聞いたことはなかったが、確かに出来るのかもしれない、とも思う。ただ人毛の着物を身に着けたいかと言われると、またなんとも言えない気分になった。


「いいなー。髪だけちょうだい」
「うつけ」
「冗談よ、冗談」


はそう言いながら、持ち上げていた髪を離す。
其れから自分の左にいる殺生丸を横目で見遣りながら、
自分の髪を右手で持ち上げた。




「ホラ見て、枝毛。
 どうせ殺生丸見た事なかったでしょう?」
「・・・あぁ」




が殺生丸に向けて毛先を示して言うと、
殺生丸は頷いて示された部分を見やる。
すると確かに、一本から二股になっている髪の毛があった。




「はぁ。交換しない?」
「出来るはずがなかろう」
「そうですよね。そうですよねぇー。解ってるよっ」




いじけるかのように言われると、殺生丸は其れに嘲笑を浮かべる。
それに「何よぅ」とが情けない声を出せば、
殺生丸はを見据えてひと言漏らした。




「私にして見れば、お前の髪の方が良い」
「何よ其れ、お世辞?」
「いや・・・」
「だって、如何いう所が良いのよ」




むっと口を尖らせてが彼を見上げる。
すると殺生丸は、ふぅっとから顔を逸らした。




「風に、靡いている時」
「・・・其れなら殺生丸の方が綺麗だと思うけど」
「自分の髪は見えぬ」
「いや、ごもっともなんだけどね・・・?でもなんか其れ・・・
 あぁー、って言うかちょっと嘘っぽい其れ・・・」
「・・・・・・嘘っぽい、だと?」




其の瞬間、殺生丸は僅かに眉を潜めてを見る。
だが、は口を尖らせて俯いていたので其れに気づかなかった。


何も知らず、次にが顔を挙げた瞬間。


殺生丸の細く、でもがっちりした手が、に真っ直ぐに伸びてくる。
ふわり、と優しく髪に触れ其れをひと房とると、
その毛先より少し上の辺りに唇を寄せた。


其れは、ある種儀式の様にも思えた。
とても形式じみた、とても特別な事のように。


少しして殺生丸はの髪を離すと、ジ、と金の双眼で彼女を見据える。
まるで吸い込まれてしまいそうな、透き通った色だった。




「・・・此れでも未だ、信用出来ぬか」




殺生丸が、突然の事で呆然とするに言う。
するとは、其の時初めて彼に気づいたかのように驚いた。




「えっ・・・!あ、・・・えぇっと・・・そんな事、ないけど・・・」




顔を赤くしながら、しどろもどろにそう答える
殺生丸はそんなに嘲笑を浮かべると、
彼女から顔を逸らして太陽へ向けた。
隣でが「笑わないでよ」と怒っているが、其れも気にしない。


自分でもらしくない事をしているのは解っている。
だが、自然と出てきてしまった其の行為。


先程の嘲笑は、半分自分にも向けられたものだった。




「(私らしくもない・・・)」




心の中だけでそう呟いて、殺生丸は目を細める。
何でもない日常の会話が、妙に愛しく思えるのは、何故だろうか。









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