※殺生丸短編「マフラー」と微妙につながっていますが読まなくても大丈夫です。







しんしんと降り積もる雪。静まり返る雪原を、殺生丸一行は静かに歩いている。


は、うきうきとした気持ちで空を見上げながら歩いていた。


先ほどから降り続く雪は、大粒で、どこか羽のような柔らかさ。空気が透き通るほど冷たく、寒さが体の芯まで届くようだ。真冬にはまだ早いというのに、ここ数日は随分と雪が多い。邪見などは寒すぎるとひとりごちていたが、はこの寒さが嫌いではなかった。


理由はいくつもある。冬の澄み切った空気が気持ちよかったり、降り注ぐ雪が美しかったり、さくさくと踏みしめる音が楽しかったり。しかし、一番の理由は、別にある。


目の前を歩く殺生丸の背中を見やる。その首元には、普段は見慣れないものが巻き付けられている。


先日、がプレゼントした、手作りのマフラーだ。


もちろん、邪見とりん、阿吽の首にも、手作りのマフラーが巻かれている。


プレゼントはしたものの、使ってもらえると思っていなかったは、殺生丸のその姿を見て、自分でも思っている以上に喜んでいるのであった。


ちゃん、なんかご機嫌だね!」


斜め前を歩いていたりんが、くるりと振り返る。そのはずみで、マフラーについたポンポンがぴょん、と飛び跳ねた。


「わかる?」
「わかるよ!だってニコニコだもん!」
「大変、殺生丸にはばれないようにしないとね」


せっかくつけてくれているのに、余計なことを言って気を悪くして、外されてしまったら残念だ。そう思って、は出来るだけ声を潜め、口の前に指を立ててりんと笑いあった。けれど、そんなひそひそ話が殺生丸に聞こえていないはずはない。


「…
「ひっ! は、はい!」


とっさのことで、の声が変に裏返る。りんが「あちゃー」と言いたそうな顔での方を見ていた。


「…こっちにこい」
「は、はいぃ…」


殺生丸は振り向くことなく立ち止まった。それに合わせて一行も立ち止まる。普段ならこういう場合、名言はしないが「休憩時間」となり、各々好きなように時間を過ごすのだが…


りんが暖をとりに阿吽に飛びつくのを視界に入れる間もなく、は殺生丸の横へと並んだ。これできっとマフラーも外されてしまうんだろう、と、残念に思いながら。


殺生丸は、隣に並んだを片手で軽々と抱きかかえ、すっかり枝がなくなった木の上へと飛び乗った。二人分の体重を支えられるほど太い幹に腰を下ろし、自分の足の間にを座らせる。


「随分と機嫌がいいようだな」
「う、うん…」
「私には知られたくないようだな」
「そ、そういうわけじゃないんだけど…」


は最近、殺生丸がこの手の話をするときは、必ずりんや邪見の耳に届かないところまで移動すると気が付いた。が出した結論は、殺生丸なりに「照れ」のようなものがあるのだろう、なのだが、それも殺生丸本人には言えるはずもないことだ。


あまり深く追及される前に、さっさと話してしまおう。そう思っては口を開いた。


「殺生丸がマフラーつけてくれてるの、うれしかったから…」
「これか…」


殺生丸は自分の首に巻き付いているものを軽く持ち上げた。殺生丸がそれをつけているのは、りんが「殺生丸様はつけないの?」といったからだが、なぜそれがうれしいことなのか、殺生丸にはわからない。確かに首元の暖を取ることにはなるが、殺生丸がそれをつけたからといって、には何の利益もないはずだと、殺生丸は思った。


「…なぜ、それをうれしいと思う」


が怪訝そうな顔で自分を覗いているので、思ったことをそのまま聞いてみることにした。すると、はますます怪訝な顔をして答える。


「なぜ、って…自分が贈ったものを相手が使ってくれたら、うれしくない?大切にしてくれてるのかなって、思わない?」
「…わからぬ」


与えられることはあっても、ものを与えたことなどない、そう殺生丸は付け加える。それを聞いて、は少し考え込むような顔をした。人間と妖怪、種族が違う以上、同じ感情を持ち得ないこともある。きっとには、自分の感覚を理解するのは難しいであろう、殺生丸はそう思い、マフラーから手を放した。


と共にいるようになってから、以前よりもたくさんの感情を持つようになった殺生丸だが、それでも、人間になれるわけではないし、が妖怪になるわけでもない。


「殺生丸は、私がマフラーをあげたとき、迷惑だと思わなかったよね」


膝の上のが突然聞くものだから、殺生丸も少し驚いてを見た。顔は伏せているものの、その表情は真剣で、殺生丸の答えを待っている。


「迷惑なら受け取らない」
「むしろ、喜んでくれてたと思うんだけど、違う…?」


最後は少し自信がなさそうに聞くので、思いがけず殺生丸の口元が歪む。だが、あまりはっきりと答えるのも照れくさくその気持ちをごまかすようにの頭をわしゃわしゃと撫でまわす。


「お前がいうなら、そうかもしれんな」
「なら、よかった!」


今度は自信満々に、満面の笑みで答える。殺生丸の照れ隠しなどつゆ知らず、殺生丸のマフラーを愛おしそうに持ち上げる。がんばって作ったから、うれしい、とひとり呟いた。


「私は、殺生丸にいろんな気持ち、大切なものをたくさんもらったから、私も殺生丸に何かあげたいって…そう思ったの」
「…そうか」
「うん。…だから、殺生丸がね、大切にしてくれてうれしい、って気持ちをわかってくれるように、私が殺生丸からもらったものを、もっと大切にしなきゃなって思いましたっ」


意気込むを、言い終わるより早く抱きしめる殺生丸。は殺生丸の胸の中で、がんばるね、といって笑う。


の気持ちはわからない。人間と妖怪では理解しあえない感情もあるのかもしれない。それでもただ一つ、はっきりしていることがある。


それは、殺生丸がを愛おしいと思う気持ち。それだけで充分だと、口に出さずに思う殺生丸。


まだしんしんと舞い降りる雪は、がくれる愛おしさのようだと、そんなことを考えながら、胸の中ののぬくもりを感じていた。









2019.12.9 monday From aki mikami.