※殺生丸短編「桜色の光、舞い散る夜は」「ふわり、」と同じヒロインです。







美しく咲き誇る桜の花に、真っ白な雪がふわりと降り積もる。雪の重さで枝が少ししなるのを見つめながら、は少し冷えた自分の手に息を吹きかけた。


この季節に雪が降ることはとても珍しい。果たして自分のもとになった木はどうなっているだろうかと、思いを巡らせる。そして、この木と同じように、桃色の花に白いかぶせが重なり、よりいっそう美しく見えているのだろうと、うっすら微笑んだ。


殺生丸以外の旅の一行は、みな寒さを凌ぐために横穴で火をたいて休んでいる。も寒いのが得意なわけではないが、そこは木として生きていた分、人間や他の妖怪たちよりは寒さに強いと自負している。


ちなみに殺生丸はというと、の隣で同じように桜の木を眺めている。その表情から察するに、何か考え事をしているようではあるが、さすがに何を考えているかまではわからない。殺生丸はあまり自分から言葉を発する方ではないので、こちらから聞いた方がよいものか、それとも放っておくべきかとは考えた。


ところが、そんなの思考に反して、殺生丸は珍しく自分から口を開いた。


「…桜隠し、という言葉がある」
「桜、隠し?」
「人間たちが作った言葉だ。桜の花に雪が積もって隠れる様子を美しく思う、という言葉らしい」
「へぇ…」


なんと素敵な言葉だろうと、は思った。その言葉を作った人間たちは、きっと美しい心を持っていたに違いないと、素直に感動する。


だが、隣にいる殺生丸はそうではないらしく、何故か難しい顔をしていた。


「どうしたの?なにか考えてるみたいだけど…」
「…」


殺生丸の歯切れが悪いということは、彼自身のことについてなのだろうとすぐに予想がついた。殺生丸は基本的に決断も行動も早い。そんな彼が迷い、悩むのはいつも、彼自身の感情についてだ。


はそれを、とてもいいことだと思っている。殺生丸は自分のことを冷徹であると思いこんでいるが、実はそうではないと、自分で自覚することができるいい機会だと。


無理に促したりせず、ただ静かに次の言葉を待つ。その間にも雪は、と殺生丸の上に優しく降り注いでいる。


「桜の美しさを…」
「ん?」
「隠すことが美しいと、私には思えぬ」


そう言うと、の方を振り返り、その目をじっと見つめた。そこでは悟る。殺生丸は目の前の桜の花を、と重ねているということを。を覆い隠すものを美しいとは思わないと、そう言いたいのだろう。


は殺生丸の言葉が、素直に嬉しかった。殺生丸なりにのことを大切にしていると、そうわかるから。


けれどそれと同じくらい、自分の感じている美しさもわかってほしくて、は言葉を紡ぐ。


「私はね、桜と雪、どちらもそのままでも充分美しいけれど、二つ一緒だともっともっと美しい、っていう意味の言葉だと、思ったの」
「二つが、一緒だと」
「うん。…私が殺生丸に出会えたことで、こんなに楽しい毎日を送れているみたいに、ね」


そういうと、ありったけの感謝と愛情をこめて、殺生丸を見つめ返す。


殺生丸は、そんなの顔を少し見つめて、それからまた桜に向き直り、「そうか」とだけ言った。


けれど、には分かった。自分の気持ちが、殺生丸にきちんと伝わったことが。その証拠に、彼の横顔はとても穏やかで、優しかった。


このままずっと、この美しい桜を見ていたい。


そんなことを思いながら、は隣にいる殺生丸の肩に静かに寄り添った。








2020.3.30 monday From aki mikami.