のことが好きだと自覚したのは、いつからだったか。気づいたらそばにいて、にこにこ笑ってるを見るのがとにかく好きだ。くだらないことばかり言うところも、たまらなく好きだ。


が俺のことを好きじゃないと悟ったのは、いつからだったか。にとって俺はあくまで幼なじみで、男女の関係にはなり得ないのだとわかった。


だから俺は、のことを好きじゃないふりをしてきた。ただの幼なじみを続けてきた。


俺にも少しだけ希望があるんじゃないかと思い始めたのは、花火の日。


二人で花火をしようと言ったときのの顔が、今まで見たことがない表情だったからだ。


そして今、目の前の小泉の顔を見て、俺のほんの少しの希望もきっと叶うことはないだろう、と思った。


「好きです」


俺の目を真っ直ぐに捉えて放たれた言葉。それは、きっと小泉からじゃなければ、それなりに嬉しく感じたことだろう。こんなことを思うのは、小泉に失礼だとわかっている。それでも、俺はまっさきに考えてしまう。たとえが俺を好きだったとして、この話を聞いたが俺とどうこうなりたいなんて考えるはずがない、と。


他の女子を前にしてものことしか考えられない自分に、呆れて変な笑いが漏れそうになった。


「ごめん」


俺の言葉に、小泉は表情を変えなかった。


「どうして?」
「…」


花火の日に、のことが好きかと聞かれていたことを思い出す。あのとき俺は、わかんねぇ、と答えた。だが、わからなくない。俺は、が好きだ。ただ、そうはっきりと告げるのはなんとなく躊躇われた。


「…でしょ」
「…」
「わかんないなんて言ってたけど、やっぱりのこと好きなんだよね」


俺は答えなかった。沈黙することになんの意味もないことはわかっていたが、自分の口からはっきりと告げるだけの勇気はなかった。


俺の様子にしびれを切らしたのか、小泉の顔が怒りに歪んだのがわかった。


は、泉くんのこと好きじゃないって言ってた」
「…知ってるよ」
「ならなんで?どうせ報われないし、報われる気もないんでしょ?ならダメ元で私と付き合ってくれても」
「…好きじゃないやつとは付き合えない。ごめん」


きっと泣かせるとわかっていて、そこだけははっきりと口にした。


俺は、小泉を好きじゃない。友達としては好きだけど、女としては見れない。俺が今女として見れるのはだけだ。そんな俺と付き合ったって、それこそ小泉に失礼だ。


「…ばっかみたい」


小泉の両目から涙がこぼれ落ちていくのを、俺は直視できなかった。小泉の方も顔を俯けて、泣き顔を俺に見せまいとしている。


「叶わないってわかってて…叶える努力すらする気なくて、悲劇のヒロインならぬ、悲劇のヒーロー気取り?ばかみたい」


震える声で絞り出すようにいう小泉。なんとでも言ってくれて構わない。俺に言い返す権利はないんだから。


「そんなんで、いつか思いが報われるとでも思ってんの?待ち続ければ希望があるとでも思ってんの?それともなに?報われなくてもそばにいたいとか?…笑わせないでよ」


小泉の声が、ワントーン冷たくなった。普段からよく通る声だけど、今の声はやけに耳に残る。


「こっちは好きな人作んのもアプローチすんのも、色々考えて勇気出して必死にやってんだよ!そんなことも出来ないチキンのくせに何かを好きだよ!馬鹿にすんな!」


普段の女の子らしい喋り方とはあまりに違いすぎて、思わず小泉の顔を凝視した。小泉は相変わらず俺の方を見ないで、肩を小刻みに震わせて泣いている。


結構ひどい物言いをされた気がしたのに、俺の中に怒りがわいてくることはなかった。それよりも、焦りのような感情で胸がざわめく。


俺が、に、気持ちを伝える?


いろんなの表情が頭に思い浮かんで、消えた。


「なんとなくわかってたよ。泉くんはのこと好きなんだって。…それに、きっとも」


小泉は、真っ赤に泣きはらした目をこすりながら、俺をにらみあげた。


「え…?」
「二人とも、バレバレ。の方は鈍いから気づいてないだけかもしれないけど、はたから見たらただのカップルだっつーの」
「…」
「勝手にすれ違って、ばっかみたい」


くるりと俺に背を向けて、ぽつりとつぶやいた小泉。


「余計なこと考えてないで、さっさと告ったら?ていうか、私のせいでが尻込みするかもとか、余計なこと考えて私のせいにするのやめてよね」


まさに考えていたことを言い当てられて、どきっとした。小泉にばれてはいないだろうか…わからないが、小泉は俺を振り返らないまま、静かに屋上を後にした。あんなに泣いていたはずの女の子の背中が、なぜかたくましく見えてしまって…代わりに自分の情けなさを強烈に実感して、俺は頭を抱えて座り込んだ。


俺は弱い。が俺のことを好きじゃないと決めつけていたのは、嫌われるのが怖いからだ。今の関係が崩れてしまうのが、ただ怖かっただけだ。小泉はすべてわかっていて、それでも正直にぶつかってきてくれたのに。


…俺だって、ぶつかりたい。


でももし、が今までみたいに笑いかけてくれなくなったら、それはいやだ。…やっぱり、俺は弱い。


この関係がずっと続けばいいなんて、甘えた考えなのはわかってるんだ。


のいろんな顔が、ひたすら頭の中に浮かんで、…いろんな感情がこみ上げてきて、しばらく立ち上がれそうになかった。