明智健吾



せっかくのバレンタインなのに…私は家にひきこもり、布団の中で丸くなっていた。


どうしてかって?それは、自分に自信がなくなったから。自信なんて元からそんなにあるわけじゃないけど…でも、あんなところを見せられたんじゃ…ね。


うちの職場で結構人気のある男の人…名前は忘れたけど、その人が紙袋一杯にチョコレートを抱えて帰っていく姿をたまたま見てしまって…あの人より数倍かっこいい明智さんは、チョコの量もそりゃあ尋常じゃないんだろうなと。超がつくくらいたくさんもらっているんだろうなと。思ったわけだよ。…で、私のチョコなんて、もらわなくてもいいんじゃないかと思ってしまったわけだ。


そんなわけで、現在進行形で引きこもり中の私。…とても外に出る気になんてなれない。本当は、仕事が終わったらすぐに渡しに行くつもりだったのに。居間のテーブルの上にむなしく置いてある紙袋。


考えてみれば、私なんかが明智さんと付き合ってるのがおかしいんだ。きっと明智さんの好みがおかしいか、ちょっと魔がさしたからだ。…そう、普通なら私なんて…あんな人とつきあえるはずがないんだ。そりゃああの人は性格悪いけど、でも見た目にはそんなこと全然感じさせないし、外面だけはいいし…。


そんなことをうだうだ考えていたら、呼び鈴が鳴った。思わず心臓が飛び跳ねる。…も、もしかして、このタイミングで…来ちゃった?だって、うちの呼び鈴を鳴らす人間なんて、荷物か新聞代集金か明智さんしかいない。こんなボロアパートに他に客なんて…。


一瞬、居留守、という言葉が頭に浮かんだ。…このまま黙ってればやり過ごせないかな。布団の中に枕代わりのクッションを引きずり込んで、ぐっと強く抱きしめる。…けど、期待にまったく沿わず今度は連続で呼び鈴。いや、鳴らしすぎなんですけど…。


というか、冷静に考えて無理だよね、居留守。だって今、夜だし…。台所の窓から明かり漏れてるよね、絶対…。


仕方なく布団から抜け出した。リサイクルショップで買った全身鏡が、ボサボサの髪に半そで短パンの汚い自分を映し出している。…せめて着替えようかとも思ったけど、呼び鈴攻撃があまりにしつこいのでさっさと出ることにした。あんまりうるさくすると大家さんに怒られるんだから…。


玄関に立つと、それが気配でわかったようで呼び鈴がやんだ。…
クッションを強く抱きしめて、ノブに手を伸ばす。そして一度息を吸って深く吐き出すと、静かにドアを開けた。…と。


「ごふッ!」
「遅い!」


開けた途端、額に何かがが当たって思わずその場に座り込んだ。…いや、痛いんですけど。めっちゃ痛いんですけど!ぶつかった部分をさすりながら顔を上げると、かなりご立腹な様子の我が彼氏。


「何をもたもたしてたんだ!」
「あ、あはは…いやー、その…」
「居留守なんて出来るはずがないだろう、本当にキミはバカだな」
「う… ごもっともです」
「とにかく、あがらせてもらうよ」


そういって靴を脱ぎ、ずかずか入り込んでくる明智さん。そのとき床に転がっていた鍵を拾い上げた。…どうやら私のおでこに投げつけたものは、その鍵だったらしい。


鍵っていってもひとつじゃないんだよ!束になってるんだよ!しかも車のリモコンとかついてるからすっごく重いんだよ!


そんな文句も言えずに、黙って明智さんについていく私…自分の家なのに、なぜか肩身が狭い。ってか明智さんがこんな狭いアパートにいるのって、いつになっても慣れない、ホント。


居間にたどりついて、テーブルの前に腰を降ろした明智さん。コートを脱いだのでそれを受け取ると、壁のハンガーで鏡の前の洋服かけにきれいにかけた。


「…で、この紙袋は、僕のものだと思っていいよね?」
「ハイ、ソウデス」


答えると同時に紙袋を取り上げると、とてもえらそうにふぅとため息をついて中を探る。…すっごく複雑なんですけど。プレゼントを、しかもあげないでおこうと思ったものを、目の前で開けられるなんて。でもそんなことまったく気にしないのが明智さんって人で。


「…へェ、トリュフか」
「たいしたもんじゃないけど…」
「手作りだよね?」
「まァ、一応…」
「いただきます」


そういってひとつを口の中に放り込む。…どんな反応が返ってくるのか、ドキドキしながら待つ。そりゃあドキドキもしますよ、だって明智さんの方が料理うまいし!


「……まあまあ、だな」
「ま…まあまあ、ですか…」
「酒が強すぎる。あと気を使ってビターにしてくれるのはいいけど、あまりビターすぎるとトリュフっぽくないな。こういうときはココアパウダーを多めにかけるといい」
「は、はァ…」
「でも基本的にはおいしいよ。ありがとう」
「どういたしまして…」


今の話のどこをどう聞いたらおいしいってことになるんですか。そう思ったけどいわなかった。言ったってどうせ、何を言ってるんだみたいな顔で見られるに決まってるもん。


「…で、ここからが本題だ」


言いながらトリュフの箱を置く明智さん。心臓がドキッと飛び跳ねる。…本番ってやっぱり、あれだよね、あれしかないよね。


「何で今日…渡しに来なかったんですか、これ?」


にっっっこり笑顔で聞いてくる明智さん。…笑顔なんだよね、笑顔なんだけど、逆にその笑顔が怖い…!後ろにきらきらが飛んでるのがなお怖い!しかも敬語だよ!相当怒ってますよ…!そんなのきたときからわかってたけど…。


「え…えと… お、お腹が痛くて…」
「ならどうして携帯に連絡してこないんですか」
「ええええ、えと… 気付かなくて、マナーにしてたから」
「おや、私の見たところマナーモードにはなってませんけど」
「ああああ!それ私の携帯!」
「嘘をつくんなら隠しておくべきだったね。…で、何で?」


そういって顔を覗き込まれる。…その顔に見つめられたら、言い返せなくなるん、だよなァ。


「…その……明智さんが…」
「僕が、何?」
「あの…い、いっぱい…チョコもらってるかなって、思って…」
「…それで?」
「その、…私、明智さんより全然料理下手だし…全然、つりあわないし…私なんかのチョコ、いらないかなって…」
「……それで、来なかったの?」
「………はい」
「…」


私が話し終えると、ひとつため息をつく明智さん。私が俯いたままその表情を伺うと、ゆっくりと右手を持ち上げ、その右手が私のおでこに添えられて…ぱちんっ、と小気味いい音を立てて、長い中指がおでこをはじいた。音の割にはあまり痛くなくて、おでこを抑えながら顔を上げる。…そこには、優しい顔で笑う明智さん。


「…バカ」
「う…」
「そんなこと考える暇があるんなら、どうやったら料理がうまくなるかを考えてほしいね」
「うう…」
「それに…他のチョコは全部断ったんだ」
「……え?」
にもらえれば、それでいいから」


そういって、明智さんは軽く私の頭をなでた。…それはとてもやさしい力で、目の奥がじわりと熱くなった。…みられたくなくて、俯いてぎゅっと手を握る。


「私…こんなんだけど」
「うん」
「家の中ではいっつもこんなだらしない格好だけど」
「うん」
「料理うまくないし…学歴だってそこそこだし…仕事もそんな、エリートじゃないけど」
「…そんなこと気にするくらいなら、最初から付き合わないよ」
「ッ、明智さァん!」


スーツにしがみつくと、ぎゅっと抱きしめ返してくれる。そんなことにまた涙が出てきて、額を何度も胸板にこすりつける。…伝わってくる温かさは、今までの悩みがバカみたいに思えるほど、愛を感じた。









(王様彼氏)


オマケ。


「さて…と。泣き止んだところで、お仕置きをしないとね」
「え…あの、お仕置き…て、え」
「ん?」
「あの、ん?じゃなくて…それってもしかして、あの…」
「決まってるだろ? …じゃ、いただきます」
「え、ちょ、あの うわあああああ!」









あああ…明智さん、オオカミに。お仕置きは当然あっちですね。ベッドの上で、ですね。…おお怖ッ。








Happy valentine!!
2009.02.14 saturday From aki mikami.