浅葱圭一郎



「…で、今年も悩んでるわけですか」


といった萩間に力なく頷いた私は、店員さんが注いでくれたおかわりのコーヒーを一口のみ干した。そりゃあ悩むに決まってるじゃない、だってこの時期がやってきてしまったんだもん。


「別にあげなきゃいいのに…」
「あげなきゃあげないで怒るんだもん」
「そうなんですか?なんか意外ー」
「そりゃあ意外だよもう。意外なのはいいから何とかして!」
「何とかしてって言われても…本人に聞けばいいじゃないですか」
「だって!前に聞いたら『聞かないのが原則だと思う』とかいいやがって!なんだよー!だったら文句言うなコノヤロー!」
さん、なんかキャラ変わってますよ」


変わりたくもなりまさァ!なんでバレンタインごときにここまで頭悩ませなきゃいけないんですかもう!


と、言うわけで…ついにきてしまいましたよ、このときが。年に一度のバレンタインデーが…!何で来るんだよコノヤロー!毎年毎年同じことでこんなに悩まされるのもういやなんですけど!


って、わけで萩間に相談しに来たけど…なんか間違いだった気がして来たわ。


「はー。もうなんか何でもいいかなー。何あげても文句言われるんだし」
「んー…まァさんがそれでいいって言うんなら何も言いませんけど」
「…なんか、いやな言い方するね」
「っていうか、浅葱さんの文句ってひとつの愛情だと思いますよ」
「そんなことはわかってるよ。文句言いながらもなんだかんだでちゃんともらってくれるし。…でも」
「でも?」


萩間がオレンジジュースを飲みながら、じ、と私を見つめてくる。…私はなんとなく恥ずかしくて、俯いたまま答えた。


「…どうせならさ。喜んでほしいわけよ。浅葱の喜んだ顔なんてなかなか見れないし…」
「…のろけですかー。暑苦しい二人ですねー」
「怖ッ!萩間アンタ…キャラ違くない!?」
「だって俺、彼女いませんしー。俺だって彼女ほしいのに、大人二人の相談に乗らされて、めんどくさいんですよ、もう」
「え…二人?」
「ってわけで、もうそっちで解決してください」


そういって立ち上がった萩間は、ソファから身を乗り出して後ろの席に声をかけた。ね、浅葱さん、って……え、浅葱!?


「……うるさいよ萩間」
「うるさくないです。ってか二人の方がよっぽどうるさいじゃないですか。とにかく選手交代です」


浅葱の方へと移動していった萩間は、席から浅葱を引っ張ってきて今まで自分が座っていたところへ座らせた。で、向かい合った私たちは…沈黙のまま、コーヒーを飲むことすら出来なかった。


「……」
「……」


…お重てえええええええ!なんだこの重たい空気!とてもバレンタイン前の恋人同士の空気とは思えねええええ!


ちらりと浅葱を見ると、いつもの表情で斜め右下あたりをぼーっと見ている。…これは、私が話しかけないと一向に話が進まない気がする。そう思って、なんて話し始めるか考えた。…考えたけど、何がいいかな。こまった。…なんて思っていると。


「…あのさ」


浅葱のほうから、そんな言葉が出てきた。……え?絶対ありえないと思っていたので、驚いて顔を上げる。


「…何でもいいから」


と、一言。ぽつんとそれだけをはきすてて、さっきまで萩間が飲んでいたオレンジジュースをすすった。


…………え?て、え?なに、それは…私を気遣ってくれてるわけ?


…浅葱に限って、そんな。


「…あの、浅葱さん」
「なんだよ」
「その…」
「…だから、何」
「いや、だってその…ねェ、キャラじゃない、っていうか…」
「……悪かったな。じゃあ前言撤回したほうがいい?」
「いえいえいえいえ!滅相もない!」
「なら素直に聞けよ。…せっかく素直にいったんだから」


…いや、どこが素直?一瞬そう思ったけど、普段の浅葱から比べれば確かに素直だから、それでいいのかと思うことにした。…だって、ね。浅葱は素直って言う言葉からは縁遠いし。だから、これは、


浅葱の精一杯の、素直な言葉。


「…うん」
「……わかったなら、いいんだよ」
「私、がんばって選ぶ。…何がいいかな」
「だから、何でもいいっていったろ!」
「あ、ごめん…何か癖になっててさ」
「変な癖」
「誰のせいだよ…」


そんなバカみたいなやりとりに、二人同時にふきだした。もう20年も一緒にいるのに…なんか恥ずかしいけど、また少し、浅葱と分かり合えた気がする。


…だから、これでいい。


浅葱はとても、穏やかな表情をしていた。









(素直な言葉)


オマケ。


「はーい、もういいですかー」
「げ、萩間!」
「ホント、何年たってもバカップルなんだからー」
「え、そんなことないし!」
「萩間、うるさい!」
「知りませんー。とにかく俺拗ねましたんで。今日のこと野々宮に全部しゃべっちゃおー」
「え、…萩間くん?うそだよね?」
「では、さよならー」
「萩間くんんんんん!!」









…なんか、萩間くんがブラックに…。こんなつもりじゃなかったのに…。
…まあ、いいや!








Happy valentine!!
2009.02.14 saturday From aki mikami.