St.valentine's Day




     


今日も仕事が遅くなるから会えないと朝のうちに電話したら、拗ねた様子でばか、とひとこと言われて、そのまま通話をきられてしまった。そのあと何度かかけ直したが出る様子がない。は一度拗ねるとなかなか機嫌を直さない。それで何度も悩まされているがそれはそれで後からからかえるので良しとしている。


ただ、今日は流石にまずかった。


忘れていたわけではなかった。ただ気にする余裕がなかった。机の上のカレンダーを眺めて、今更になって後悔のため息をついた。


2/14 St.valentine's Day


女性にとっては大きなイベントのはずだ。だってきっと私のために何か用意していたに違いない。昨日まではそれをきちんと覚えていたはずだったのに、今朝一番に入った強盗殺人事件の捜査が難航していて、ついそのことで頭が一杯になってしまっていた。反省はしている。しているが、それを弁解する術が今はない。とにかく2、3日放っておくしかない。を怒らせたら、そうする以外に道はない。数日すれば頭が冷えて、むこうから謝りに来てくれる。


メガネを机の上において、右手で光を遮断しながら目を瞑ると、瞼の向こう側に寂しそうなの顔が見える気がした。


…今頃泣いていたりしないだろうか。


そういえば、昼食がまだだった。だが、外に行く気分にはなれないし、今はまだこうしてのことを考えていたかった。


「…警視、あの」
「捜査資料なら机の上においてください」


遠慮がちにかけられた女性の声を遮った。思考の邪魔をされるのは一番嫌いだ。ましてや、今は女性と話す気分になれない。


「……わかりました」


とひとこと呟いた女性は、机の上に、おそらくは資料をおいた。右手は離さないまま目をあけて、指の隙間からそれを垣間見る。すると、そこに置かれていた物は資料ではなく、水色の紙袋だった。


「君、こういう物は…」


受け取れない。そう言おうとして顔を上げた。…が、それ以上の言葉は出てこなかった。


「受け取って…いただけませんか?」


悲しそうな顔をして、がそう呟いた。


「…っ、!どうしてここに…!」
「今日は遅くなるって…言われたから…。……届けにきたの」
「だって…学校は…!」
「……サボっちゃった」


かわいく舌を出す。サボるのが悪いとは言わない…が、怒っていたはずなのに。私が驚いていると、は恥ずかしそうに笑って、少し顔を俯けた。


「…本当は、すっごく怒ってたんだけど…でも、私の我侭だってわかったから…だから、ごめんなさいの気持ちも込めて、届けにきたの」


忙しいのにごめんなさい、すぐ帰るから。そう言って、は私に背を向けた。その肩を咄嗟に掴んで引き止めると、驚いたように振り向いた瞳と目があった。自然と笑みが漏れる。


「お昼…たべた?」
「え?」
「食べてないなら、一緒に行こうか」
「え…え?」
「今は休憩時間。1時間しか抜けられないけど…それでもいいなら」
「! いい!行く!」


嬉しそうに、が笑った。途端、さっきまで沈んでいた心が元気になっていくのがわかる。


一番のプレゼントは、こうしてが笑ってくれることだ。そう言ったら、は恥ずかしそうに笑って、ありがとう、と呟いた。









2007.02.16 friday From aki mikami.
(2日遅れのバレンタイン)