男女雇用機会均等法

「あァ?男女…なんだって?」


松平の口から出た長ったらしい名前が全く耳に残らず、土方十四郎は苦々しい顔で聞き返した。松平は胡坐をかいて煙草をくゆらせ、その隣では近藤が難しい顔で話を聞いている…ふりをしている。


「男女雇用機会均等法だよ。男も女も差別なく平等に労働の機会を与え、かつ女の出産妊娠にも配慮するっつー法律だァ。世の中は何でも男女平等、俺たち男がふんぞりかえって働きに出れる時代は終わったってェこったァ」
「だから、その法律が俺たちになんの関係があんだよ」


松平の的を射ない話に苛立ち、懐から自分の煙草を取り出す土方。一本口にくわえると、お気に入りのマヨライターで火をつける。


「オメーら真選組にも新しい風を取り入れなきゃあいけねェ。いつまでも古い時代の慣習に縛られてねェで、市民の見本になる立場として率先して法律ってやつを守っていかにゃァならねェ」
「するってーとなんですかィ」


土方の隣に座っていた沖田が、さして興味もなさそうにそう言った。この先の言葉を予想して、土方の眉がピクリと動く。


「つまるところ、俺たち真選組にも女の隊士を入れろ、ってーことですかィ」
「その通ォりだ」


遂に来やがった。土方は顔が歪みそうになるのを何とかこらえた。


禁煙の時もそうだったが、真選組が政府の直轄である以上、世論に逆らうことは出来ない。女性の社会進出が声高に叫ばれる現代において、真選組もいずれそうなるとは思っていたものの、土方自身は真選組に女性を加えることに、あまり肯定的ではなかった。


それは土方が「女は家で家庭を守るもの」という古い考えを持っているからでもあるし、女性を迎えるにあたってしなければいけない、隊施設の整備、隊の再編成、局中法度の見直し、セクハラやパワハラへの配慮、その他もろもろの事態を、すべて土方が担わなければいけないからだ。その証拠に松平の隣の近藤は、まじめな顔をするふりをして思考をどこかにぶっ飛ばしている。すべて土方に丸投げする気満々なのだろう。


「いきなり隊士募集をかけろとは言わねェ。とりあえず身内で一人、女隊士を入れる。まずはそいつと女隊士募集のための準備をしてもらう。いわゆるインフラ整備ってェやつだ」


覚えたての言葉を使いたがる子供のように、どや顔でカタカナ用語を使う松平。土方はテーブルの上の灰皿に灰を落としながら、ため息をつきそうになるのを何とかこらえた。


「身内って…警察庁から誰か寄越すってことですかィ?」
「その通ォり。警察庁に「」ってやつがいる。そいつの娘を明日から入隊させる」


土方は、警察庁の「」という人物を思い出していた。そして、真選組旗揚げの折、警察庁のお偉方数名に挨拶に行った中に「」という人物がいたことを思い出す。そしてその人物が、自分の地位や名声を鼻にかける、あまり思わしくない人物であったことも。


「その女、使えんのか」
「めっぽう腕は立つってェ話だが、その辺の見極めはお前たちに任せる。使えねェんなら適当な理由つけて、さっさと送り返してやるよ」


それはまずいだろう、と土方は思ったが、口には出さなかった。そんなことよりも土方の頭は、明日までにやらなければいけない事を考えるのでいっぱいだったからだ。まずは新しい部屋を用意して、厠のどこかを女性専用にして、風呂の使用ルールも考えなければならない。隊の編成は実力を見てから考えるとしても、あまり前線に出しすぎるのもまずいだろうし、かといって後ろに下げすぎると角が立つ。


少し考えただけで頭が痛くなりそうだったので、長く息を吐いて呼吸を整えた。


「というわけだ。トシ、もろもろの準備、頼んだぞ」


近藤の言葉に、わかっていても唇が引きつる土方。松平と沖田は、土方をおちょくるように「しっかりやれよトシ」「お前ならできるはずだトシ」などと口々に言っている。イラッとする気持ちを口に出すのを抑えて、短くなってしまった煙草を力いっぱい灰皿に押し付けた。