洗礼

『あァ、そうだ。なんだったら最前線に編成してくれても構わねェって言ってやがったぜ。ありゃあ本気で娘が死んでもいいって口ぶりだった。俺ならぜってェ無理だね。栗子を戦場に送り出すなんて考えただけでも…』


昨日の松平の言葉をぼんやりと思い返しながら、土方は近藤と共に道場へと向かっていた。


昨日はあれから、屯所の一番端にある厠を女性専用にして、数名の隊士に中を掃除させた。部屋は厠から一番近い部屋、屯所の端にある部屋を開けさせた。風呂は一か所しかないので、交代時間を決めて、「時間を違えた者、覗きなどの不逞行為を行った者は士道不覚悟で切腹」と局中法度に加えておいた。


たったひとり迎えるだけでこの騒ぎなのだから、これから何人も女隊士を迎えるとなるともっと面倒ごとが増えるだろう。他の大多数の隊士たちはむさ苦しい男所帯についに女がやってくると大喜びだったか、やはり土方はそれを喜ぶことはできそうになった。


もちろん柳生九兵衛や今井信女のように、女の身でありながら男よりも剣に秀でた者がいることはよくわかっているし、お庭番の猿飛あやめのように、女が先陣を切って戦場に赴くことができるのもわかっている。それでもやはり、自分の背中を預ける相手となると、どうしてもそれは男であれと思ってしまう。それが時代錯誤な考えであることは理解できていても、どうにもそれを変えることは、土方にはできそうになかった。


そんなことを考えている間に道場にたどり着いた近藤と土方だったが、何やら道場が騒がしいことに気が付いた。中ではいつも通り隊士たちが稽古をしている時間なので、掛け声がすることはあってもこのように騒がしいことはないはずなのに。何事かと走って道場に踏み入ると、その瞬間足元に竹刀と一人の隊士が飛んできた。


飛んできた先、道場の入り口のちょうど正面に、一人の女が立っている。その手には竹刀が握られていて、周りには彼女にやられたと思われる数名の隊士が伸びていた。年の頃は25、6といったところだろうか、どちらかというとやせ形で、無感情な瞳で自分の持っている竹刀を見つめている。その女から、何か冷たい殺気のようなものを感じた。


思わず息をのむ土方。すると、それに気が付いたように女が顔を上げる。表情は変わらず無感情で、冷たい。土方も、隣の近藤も動けずにいると、自分たちの後ろから進み出てくる者があって、それでようやく我に返った。


「へェ、あんたが今日入隊するっていう女隊士さんかィ」


沖田が、落ちている竹刀を拾い上げて道場の中に入っていく。女から視線を外さないままで、竹刀を肩に担ぐようにしながら女の前に進み出た。


「丁度いい。土方さん、どうせ入隊テスト、するんですよね」
「あ、ああ…」


沖田に話しかけれて、ようやく自分が呆けていたことに気づく土方。何とか沖田の質問には答えたものの、まだ女から視線を外すことが出来ないでいた。


「なら、俺がテストしてやらァ。俺は真選組一番隊隊長、沖田総悟。名乗りな、女。この俺が直々に相手してやる」


沖田が持っていた竹刀をまっすぐ女に向ける。竹刀の先は女の鼻先をぎりぎり掠めていったのにもかかわらず、女は身じろぎ一つ、瞬き一つせずに答えた。


「警察庁官僚、正親の長子、と申します。よろしくお願いします、沖田先輩」


そう言い終えた瞬間、の竹刀が沖田の竹刀を弾き飛ばした。