一番隊

「やめろォ二人とも!」


土方の恫喝によって、と沖田は動きを止めた。互いの竹刀が互いの顔を叩きあう寸前だった。


二人の戦いは凄まじいものだった。の剣技と殺気は道場剣術のそれとは一線を画していて、殺気だけなら真選組随一の剣の使い手である沖田にも引けを取らないほどだった。女として身体能力やリーチの差はあるものの、それを補う素早さや機転、そして何より相手を絶対に斬るという異様なまでの執着心。持っているのが竹刀ではなく真剣であれば、も沖田も命を失っていただろう。


沖田が珍しく肩で息をしながら、竹刀を床に放り捨てた。勝負を途中で止められて不満なのは顔を見なくてもわかっていたが、入隊一日目の大事な女隊士を一日で殉職させるわけにはいかない。土方はの前に歩み出て、彼女の持っていた竹刀を引っ張って奪い取った。


「オイ、そもそもお前は何でこんなところにいる。着いたらまずは局長に顔を出すよう伝わっていたはずだが?」
「…すみません、道に迷いました」


無表情のままで小さい声で、ぽつりとつぶやいた。その表情はずっと変わらないままだが、殺気はすっかり鳴りを潜めていた。


「そこで、稽古をしている方に局長の部屋を伺おうと思ったのですが、局長に会う前に俺たちに付き合えと仰るもので、何度かお断りしたのですが、先輩に付き合うのも後輩の仕事だと仰られるものですから…」
「…そうか、それは悪かった。そいつらはあとでシメておく」


土方は頭が痛くなる思いだった。昨日あれほど「女が来るからと言って舞い上がるな」と言っておいたはずなのに。足元にいた隊士の一人の横腹を蹴とばすと、沖田が放り投げた竹刀を拾い上げた。


「テストは合格でいいな、総悟。オメーとここまで渡り合えるやつもそうそうおるめェ」


土方の言葉に、沖田は先ほどより幾分か息が整った様子で、じろりとの方に視線をやった。


「なら、こいつァうちの隊で預かりますぜィ。ここまでの殺気だ、他の隊だと持て余しちまわァ」
「しかしなァ…女を最前線に置くのは…」
「あの」


土方の言葉を遮って、が控えめに口を開いた。近藤、土方、沖田の視線が一斉にに集まる。


「最前線に置いていただいて構いません。とうの昔に女は捨てていますので」


の言葉に、場の空気が凍り付いた。


先ほどの殺気や、道場剣術では身に着かない実戦向きの技術、そして今の発言。がどうやってそれらを身に着けるに至ったのかは分からなかったが、という人物がただの女ではないということは、その場の誰もが理解できた。


「なるほど、本人がそこまで言うのなら、彼女は一番隊所属にしよう。それでいいな、トシ」


意外なことに、一番に口を開いたのは近藤だった。床に寝転んでいる隊士の一人を支え起こすと、静かに壁に立てかける。何か近藤に言い返そうと思った土方だったが、強い視線が飛んできたので何も言い返すことが出来なかった。


「ッ…わかった。今日からお前は一番隊所属だ。いいな、
「はい。これからどうぞ、よろしくお願いします」


そう言って、近藤、土方、沖田それぞれに向かって深々と頭を下げる。その姿は、先ほどまでの鬼神のような姿とは違って、年相応の女性であるように見えた。相変わらず無表情ではあるけれど、殺気や冷たさは感じられず、しゃべり方はややおっとりしている。


「お前の部屋はこっちだ。ついて来い」
「はい」


短い返事をした後、道場の隅に置いてあった小さい荷物を持って土方の方に駆け寄ってきた。しゃべり方の割には、仕草や動きははっきりとしていて、物怖じした様子もない。土方の周りの女性…特にスナックすまいるの従業員辺りは、当然ながら女であることを武器としている事が多いので、そういう意味で言うとはあまり「女らしさ」を感じないと土方は思った。


に背を向けて、屯所の方へと歩き出す。その後ろをがついてくる気配がする。その足取りは静かで、気配を消すことに慣れているのだろうかと不意に思ったが、それをあえて口に出して聞くことはしなかった。