天気雨


濡れた長い髪。冷え切った体。空を見上げれば、澄んだ空気に寸分も擦れのない月。


狐の嫁入り、天気雨。


空を見据えたまま動かない少女。年齢は15歳程度。そしてそんな彼女をまた、見据えたまま動かない白銀の髪の男。


二人の間は2メートルと離れていない。後1歩踏み出せば気付かれてしまうような距離だが、それでも、少女は男…殺生丸の存在に気がつかなかった。


暗く淀んだ視界に、痛いくらい響く雨音。それでも全く動かず、ただ空だけを見つめている。ぐっと、拳を強く握って。細くしなやかな指の間から、赤い液体が垂れ落ちる。


そんな少女の様子に、顔を歪める殺生丸。寒さ故か、哀しさ故か、悔しさ故か。


こんな、自分よりも何百も年下の人間の娘が、一体どんな感情を持って、その手から血を流すのか。


その場から、1歩踏み出す殺生丸。その瞬間、かさっと音が鳴る。


それはもちろん、わざと立てた音。少女が自分に気がつくようにと。案の定、少女は殺生丸を睨む様に見た。


「…邪魔だ、どけ」
「別に私がいても通れば良いじゃない」


予想に反して強い、泣き腫らした少女の瞳。彼女の頬は雨で洗い流されて、雨の前に彼女の頬に出来た筋は、とっくに掻き消されていた。


「そんな所で泣かれると迷惑だ」
「それでも通れるじゃない」


売り言葉に買い言葉。殺生丸は少女に気付かれないように溜息をつく。白銀の髪を濡らす雨は、先程よりも小降りになっている。少女はその場を一歩だけ、退いた。


「ほら、これで通れるでしょう」


少し出来た間。素通りするには充分過ぎる間。だが、殺生丸はその場を動かない。


「何してるの、早く行ってよ」
「…早く行って欲しいのは泣けないからか?」
「! そんなんじゃないわよ!!」


せっかく開けた合間を再び摘めて、殺生丸に食いかかる少女。ダブって見える、色々な人物。


犬夜叉、かごめ、…昔の自分。


父親の背中を、追い求めていた自分。


この小さい肩に、どんな重りを乗せて居るのだろう。涙すら流してしまえるほどのそれは、相当重い物なのだろう。そんなことを心の片隅で思った殺生丸は、自分を見る少女から目を逸らした。


「…名は」
「えっ?……
「……付いて来るか、私に」
「…はっ?!」


驚いた顔をする。だが、殺生丸は構わずに歩き出してしまう。


どうすれば良い。足は動くはず。けど、その足を動かすのは自分だ。―――自分を決めるのは自分だから。

一歩、強く踏み出す。ぬかるんだ土に一つ一つ、足跡を残しながら、殺生丸の後を付いて行く。


先を行く殺生丸は、面白くなさそうに顔を歪める。その心は、反対に清々しい程のものだったが。



2006.03.04 saturday From aki mikami.
2008.08.13 wednesday 加筆、修正。