引きずるもの

重い足取りで歩く。その数歩前を行く殺生丸。沈黙が、重く二人を包み込んでいる。 の目線は、先ほどから足を引きずるように歩く殺生丸に向けられていた。


じっと見つめた視線を下ろすこともせず、だからと言ってその足を指摘することもせず、本当にただ、その様子を見ているだけ。早歩きをする殺生丸は、先ほどから痛んできている足を気にしていた。それと同時に、後ろを歩くのことも。


おそらく気付かれているだろう、足を痛めていること。それでも、指摘して来ないのは、警戒からか。それとも、ただ殺生丸のことがどうでもいいのか。いや、おそらくは前者だろう。いくら人間と相違ない姿をしていても、白銀の髪は、鋭い爪は、妖怪のものだから。


そんなことを考えていると、後ろでがさっと音がした。背後にわずかに感じる異変。


途絶える、の気配。


後ろを振り向くと、そこには体を地面につけるの姿。その距離はわずか数歩。だが、その間をつめることをせず殺生丸はの顔を見つめた。


荒い呼吸、濡れた髪、倒れたせいで、泥だらけの体。一歩、近づいてみても、からの反応はない。


距離を縮めて、屈んでみる。すると、うっすら開いた目から涙が、一筋零れるのが見えた。


らしくないと想いつつも、の体を抱き起こす殺生丸。自分の手も冷えているが、それ以上に冷たいの体。雨の中、ずっと上を見上げていたのだから当然だ。


まずは体を温めなければ。そう判断した殺生丸は、の右腕を自分の左肩に掛け、ひょいと体を持ち上げた。


妙な浮遊感を感じてうっすら目を開けたは、自分の体が殺生丸に持ち上げられていることに驚きを覚えた。同時に動揺と、照れのような物を感じ、少し顔を赤くする。


「あの…ちょっ…」
「黙っていろ」
「でも、貴方、足引きずって…」
「雨のあたらない場所に行くだけだ」


殺生丸は言うと、先程より余計に痛む足を無理に動かして歩き出す。そんな彼の言葉に反論できるはずも無いは、ただ黙って、彼の肩に置く自分の手に、ぐっと力を入れた。






先程から隣にいるがそわそわと落ち着かないのを感じて、殺生丸は僅かに顔を顰めた。


暫く歩いていたら、丁度よりかかれそうな大木を見つけて、二人でそこに座って、もう数分が経つ。ほぼそのときからずっと自分の顔をちらちらと伺い見るに、殺生丸は苛立ちと、動揺すら感じていた。


「…何を見ている」


たまらずそう漏らした殺生丸。言われたは、気付かれていたとは想わなかったのだろう。相当驚いていた。


「い、いやあの、名前…聞いてなかったから…」


少し言い訳がましく聞こえるが、それは本当のこと。殺生丸は軽く溜息をつくと、目は足元を捉えたまま、答える。


「…殺生丸」
「せっ…しょう、まる…」
「満足か?」
「え?……うん」


頷いたを横目でチラリと見て、また下に視線を戻す殺生丸。しかし、は相変わらず落ち着きを取り戻すことはなく、殺生丸は再び溜息をつくと、今度はに視線を合わせて言った。


「まだ、何かあるのか」
「あ、その…あの…」


遠慮がちに呟いて、指を刺す。その指先を追っていけば、自分の右足へと到達した。


「…足、大丈夫…?」
「…すぐ直る」


短く答える殺生丸。確かに妖怪だから、直るのは早い。だが、はそれをわかっていないらしい。心配そうな目を殺生丸に向ける。


「手当て…しないの?」
「する気はない」
「なら、させて」


最初に自分に向けられた、強い瞳はあの時と変わらない。―――否と言えない、そう思った殺生丸。


「……勝手にしろ」


そう言うと、から目を逸らした。はと言うと、小さく微笑んだ後、殺生丸の前にまわり込んでてきぱきと足の手当てを始めた。…体調だって、万全ではないはずなのに。

殺生丸は目を瞑り、うれしそうに笑うの気配を感じていた。



2004.11.08 monday From aki mikami.
2006.03.04 saturday 加筆、修正。
2008.08.13 wednesday