前世


「あの、その…なんというか、ごめんなさい」
「いえいえ、気にしないで」


曖が真っ赤な顔で縮こまって頭を下げるので、は苦笑しながらも首を横に振った。ちなみに殺生丸は曖の方を見ようともせず、壁に寄りかかってどこでもない方向を眺めている。


今、の目の前には曖と、その隣には一人の妖怪が座っていた。


名は「刹那」。先ほど曖が殺生丸と見間違えた相手だった。


は改めて、刹那をじっと観察した。銀色の髪に、切れ長の瞳。と曖ほどではないものの、殺生丸とよく似た容姿をしている。とはいっても、髪の長さも違えば刹那には顔の模様もないし、どうやら年の頃も殺生丸より上のようなので、ちゃんとみれば間違えることはないのだろうが、慌てていれば確かに間違えるかもしれない、とも思う。あの時曖は「刹那が結界を破った」と聞かされていたから、先入観もあったのだろう。


そんな風に考えていると、刹那が視線に気が付いたのか、じろりとに視線を向けたので、は慌てて顔を伏せた。


あの後、殺生丸は自分にしがみついてくる人間がにそっくりであることに一時は驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻し、女を無理やり引き剥がして距離を取った。それでもなお追いすがろうとする曖と殺生丸の間にが割って入り、事情を説明しようとしたところに、刹那がやってきた。


殺生丸と刹那を見比べてようやく自分の勘違いに気が付いた曖は、かなり混乱しながらもの説明を聞いて何とか納得し、現状に至るというわけだった。


と瓜二つの少女と、殺生丸に似た妖怪。そんな二人が、自分の目の前に並んで座っている。現状の異様さに、は少しばかり困惑していた。


「えぇと、改めて自己紹介。私は曖。で、この人は殺那」


「よろしくね」と苦笑混じりに曖が言うので、も慌てて「よろしくお願いします」と頭を下げた。かしこまった言い方になってしまったのは、曖の身なりや所作がとても上品だったからだ。ちなみに隣にいる刹那は無関心な様子でそっぽを向いていたが、曖が殺那の顔に手を置く形で無理矢理頭を下げさせた。


「もう!挨拶くらいしても良いでしょう?」
「面倒くさい」
「殺那!」


殺那が涼しい顔でそっぽを向くので、曖が目を吊り上げる。そんな二人のやり取りを見て、は思わず笑ってしまった。


今のやりとりや、刹那が結界を破ったと聞いた時の曖の反応から察するにきっと二人は良い仲なのだろうとは予想していた。もちろんそれを敢えて口に出すことはしないが、ついこの間殺生丸への恋心を自覚したとしては、二人のやり取りがとてもうらやましく思えていた。そして、私たちもこんな風に見えていたらいいな、などと考えていた。


そんなの考えなど知る由もない殺生丸は、ふんと鼻を鳴らして刹那を見下ろした。


「くだらん」
「何がくだらないの、殺生丸」
「人間に媚びているそこの下種だ」


その言葉に、刹那は苛立った様子で殺生丸を睨みあげた。が慌てて「やめて殺生丸!」と声を上げるものの、彼は涼しい顔でそっぽを向いてしまう。仕方なくは二人の方に向き直って、「ごめんなさい」と頭を下げた。それを聞いた曖は眉を下げつつ「いえいえ」と返事をする。


「女に頭を下げさせるとはな」


先ほどの殺生丸の言葉に対抗するように刹那が吐き捨てる。それに対して闘鬼神を抜きそうになる殺生丸を慌てて止めると、そんな殺生丸に対抗して腰の刀に手をかける刹那を慌てて止める曖。二人の制止のおかげで、殺生丸も刹那もなんとか刀を抜かずに元の体制に収まった。


それを見て、もう大丈夫かと安心したと曖は、二人同時にほっと溜息をついた。そして二人で顔を見合わせて、ふふっと笑う。


「なんか、そっくりだね」
「本当に。そっくり」


そう言ってまた笑いあう二人に、殺生丸と刹那がほぼ同時に「「それはお前達だ」」なんて言ってしまうものだから、も曖もいよいよおかしくなって、大笑いしてしまった。言葉が合ってしまったせいか、それとも二人の大爆笑のせいか、はたまたその両方か…殺生丸も刹那も、これ以上ないくらい苦々し気に顔を歪める。


「…笑うなっ!」


殺那の方が耐えきれなくなって声を荒げると、曖が「ごめんごめん」と言いながら目の端に浮かんだ涙をぬぐった。これ以上は男二人が本気で怒ってしまうと思ったので、も曖も必死に笑いを堪えて、軽く居住まいを正す。


「…それで、どうして夢見師の村なんて探していたの?」
「あ、それは、えっと…」


急な問いに何と答えていいかわからなくて、は言葉を詰まらせてしまう。何事かと首を傾げる曖に、殺生丸が未だ不機嫌そうな表情のままで答えた。


には、夢見の力がある」
「え…?」
「お前達一族の者なのか、それが知りたい」


余計な内容を省いた、簡潔でわかりやすい問いに、は強く頷いた。やや簡潔すぎるとも思ったが、事情をすべて説明していたらかなり長くなってしまう。


殺生丸の言葉に、問われた曖だけでなく、隣の刹那も驚いた顔を見せた。


「…本当に…夢見の力が?」
「一応…ある、はず」
「…」
「あの…」


曖が何も答えないので、恐る恐る声をかけてみる。それにはっとして顔を上げた曖は、ゆるく頭を振ってから真っ直ぐにを見据えた。


「あなた、生まれはどこなの?」
「…わからない」
「わからない?」
「私、十歳より前の記憶がないの。…ただ、未来の世界から来たって言っている女の子が、私とそっくりの行方知れずになった友達がいて、その子が私じゃないかって言ってて…」
「…なるほど」


ふぅ、と小さく息を吐いた曖。その口からどんな言葉が出てくるのかと考えると、は自分の心臓が強く高鳴るのが分かった。


「…もしかしたら、転生かもしれない」
「転、生?」
「ようするに生まれ変わり。…恐らくは、私の」


重苦しい沈黙が、部屋全体を支配した。


曖の言葉はつまり、かごめの言葉を肯定するということだ。は未来の人間で、曖の生まれ変わり、そして何かの拍子に、この世界に迷い込んでしまった、と。


「それじゃあ、私がここにいた可能性っていうのは…少しもないってこと、なのかな」
「そう言う話は…聞いたことがない」
「他に夢見師の村は?」
「…霊力を持つ人間はいても、夢見の力を持つ人間は、多分この村にしかいないと思う。少なくとも、私は私達一族以外の夢見師は知らない」
「…そっか」


曖の言葉に、はため息交じりにそう答えて、強く頷いた。曖はの顔を伺うように見ていたが、は静かに微笑んで視線を返す。


「はっきり言われたから、何だかすっきりした」
「…ッ」
「いやな役をさせてごめんなさい。どうか気にしないで」


曖の顔が申し訳なさそうに歪んだのに気が付いて、は慌ててそう言った。自分と同じ顔だ、今どんな気持ちでいるのかは、顔を見ればなんとなくわかったし、きっと自分が同じ立場なら気を遣っただろうと思ったのだ。


の言葉に、俯いて軽く唇を噛んでいた曖だったが、やがて勢いよく顔を上げて、強い視線でを見つめて口を開いた。


「…あの!今日泊まって行かない?」
「…え?」
「未来の自分に会うなんてなかなかないし、色々とお話もしたいの!」
「えぇ、と…」


有無を言わせぬ曖の言葉に、はいと返事をしてしまいそうになるのをぐっとこらえて、はちらりと殺生丸を見た。には曖の申し出を断る理由はないし、むしろもっと話をしてみたいと思ってはいるものの、連れてきてもらっている身で殺生丸を無視して話を進めるわけにはいかない。


の視線で真意に気づいたらしい曖は、殺生丸を見上げて「お願いします!」と声を張った。言われた殺生丸はちらりとを一瞥したあと、「好きにしろ」と言ってまたすぐ視線をそらしてしまう。


「え…いいの?」
「…」


殺生丸は何も答えない。…答えないが、は知っている。殺生丸の沈黙は「肯定」の意味だと。


が曖の方に視線をやると、曖も嬉しそうな顔での方を見やった。


「じゃあ甘えようかな」


の言葉に曖は表情を明るくすると、「家のものに声かけてくるね」と言って、殺那を引きずりながらその場を後にした。



2005.02.04 friday From aki mikami.
2021.04.08 thursday 加筆、修正