は、考えていた。なぜ霧霊がここにいるのかと。


「…成長したな、随分。この私に剣をふるうか」
「何をしにきた、霧霊」
「何も。ただひとこと、言いにきただけだ」


そう言って、霧霊は少し笑った。


「人間を連れているとは…な。それも二人…やはり血は争えぬか?」
「―――、」
「まさかお前がそうなるとはな」


、殺生丸をばかにした様子で、くくっと喉の奥で笑う。殺生丸とは、同時に鋭い目を向けた。


「…なんなの、あなた」
「人間…お前の名は」
よ。なんで、ここにいるの?何のために」
「だから、ただひとこと…言伝をしにきただけだ」


その瞬間少し不機嫌になって言うと、木に寄りかかって腕を組んだ。


「…お前の父から…伝言だ」
「父上から、だと?」
「そのときがきたら伝えろと言われていたことだ」
「……いってみろ」
「夢見師は危険だ。見つけ次第殺せ」
「…え?」


は、自分の耳を疑った。


だれが、誰を殺すと?


「夢見師は少しだが、未来をあやつる力を持っている。今が大きく変わる前に、抹殺しろと」
「何を」
「思いあたるところはあるだろう?そこにいるが、未来を操った」


殺生丸の頭には、確実に思い浮かんでいた。…あの時、鬼を切り倒したあの技。未来を操り、敵を倒す技。


「知っているか?そのせいでよみがえった者がいるのを」


は、目を見開いた。あの霧の日の映像が、頭に浮かぶ。


神楽。


「世迷言を」


殺生丸の強い声で、の思考が浮上した。


「…証拠はあるのか…よみがえったという証拠が」
「証拠…?証拠ならきっと、お前達が見ているだろう…よみがえったのは、お前たちに近しい女らしいからな」
「…やだ」
「わかったか、殺生丸…そこにいるは」
「やめて」


うつむけていた顔をあげる。その瞬間、森の向こう側に影が見えて、思わず目を走らせた。


「…神楽」


森の奥。木の陰から、ひそかにこちらをのぞいている。あの日の夜とは違って、あたりに霧なんか少しもない。…霧が見せる幻覚などではない。


「神楽!」


が叫ぶと、神楽は逃げるように背を向けて去っていく。


「まって!」


は夢中でその背を追いかける。殺生丸も追いかけようとするが、その前になぜか、霧霊が立ちはだかった。


「放っておけ。言っただろう、夢見師は危険だと」
「…きさま」
「それとも。お前も父親と同じ…人間を愛したのか?」
「っ、ばかな」
「ならば、放っておけ。そのうちあのよみがえった女に殺されるだろう」
「なんだと…?」
「本来は死んでいた魂。…夢見師の力で捻じ曲げられた存在は、ゆがみ、よどむ。…そして術者を、己をよみがえらせた夢見師を殺しに来る」
「…
「それにあのよみがえった女は、お前と旅することを望んでいる。…ずっと良いだろう?人間を二人連れて歩くより、妖怪であるあの女といるほうが…よほど戦力にもなるだろう」


力のことを考えると、二人はほぼ同じくらいの戦力。だが、人間は肉体的にも精神的にももろくて弱い。…それでも。


「力で、共にいるわけではない」
「ならばやはり、愛したのか?を」
「…」


殺生丸は何も答えない。否定することは憚られたが、肯定することはもっといやだったからだ。…自分でも曖昧な部分を、他人にさらけ出すなど出来ない。それに、声に出せばそれを認めてしまっている気がしていた。彼の中にはまだ、その感情を認めたくないと思う気持ちがあった。


「…くだらぬ」


結果そう言って、殺生丸は歩き出した。…とは逆の方向に。


「それで良い…殺生丸」


その声はどこか楽しげだった。霧霊が何を考えているのか知らないが、何か落としいれられたようで、良い気はしない。殺生丸はわずかに顔を顰めた。…の臭いが、どんどんと離れていくのを感じながら。






「待って…待って、神楽!」


必死に呼びかけるが返事はない。今にも肺が破れそうな感覚が、の頭を支配し始める。…それでも、は走るのをやめなかった、否、やめられなかった。…彼女とちゃんと、話さなくてはいけない。


突然、神楽がぴたりと足を止めた。それにあわせても停止する。…神楽の息は、乱れていない。


「おめぇもばかだな、おびき出されたのもわかんねぇで」
「何…を、言っているの?」


精一杯考えてみるが、には神楽の言葉が少しも理解できなかった。


「てめぇは今ここで、あたしに殺されるのさ。そして、あたしがあんたの代わりになる。殺生丸と旅をする、…奈落を倒す!」
「!」
「覚悟しな、


扇子を広げ、蛇のような目を向けてくる神楽。は何も言わず、何も出来ずに、茫然と立ち尽くしてしまった。






あれからもう何刻。日が暮れて、闇があたりを支配する頃、再びたちこめた霧。一行は、また手ごろな横穴を見つけ、そこで休んでいた。殺生丸の表情は不機嫌で、何かを考え込んでいる様子。邪見はその様子をみてため息をついた。


殺生丸は、いつも一人で考え込んでしまう。…何か話してくれてもいいと思うのだが、殺生丸の性格上、それは。


「(ぜーったい、ないんだよなぁー…)」


もう一度ため息をつく。すると、うるさいとでも言いた気な殺生丸の視線が飛んできた。


殺生丸はいらついていた、霧霊の言葉に。今頃になって、言葉を伝えにくるなんて。もっと早くそれを聞けば、きっと殺せていたはずだ。殺したくないなどとは思わなかったはずだ。


「(なぜ今頃…)」


おかげで、がいる生活は当たり前になってしまった。


彼の頭に、あの日のが浮かぶ。雨で涙を隠し、自分の村を襲われた悔しさに耐え、孤独に一人立っていた姿が。身体は冷え切っていたのに、たおれようともしない。普通の人間ではないと思った。…おかしな女だと思った。もちろん霊力には気づいていたが、それだけではない。…何か。この世界の人間ではないと言う違和感もあるが、それとももっと違う、何かが。


始めてあったときから、は特別だった。


「っ」


殺生丸は、立ち上がった。それに驚いた邪見が後ろに転げるが、知ったことではない。を見つけ出して、話さなければいけない。


殺生丸は、ものすごい速さで霧の中へと消えていった。



2006.03.21 tuesday From aki mikami.
2010.04.12 Monday 加筆・修正。