半妖の少女


不思議な気配を感じて、殺生丸は立ち止まった。


とす、と殺生丸の背中にぶつかったは、鼻をさすりながら訝しげに彼を見つめた。彼の切れ長の目はそれじゃなくても怖いのに、今は細められていて余計に怖い。邪見が見たら"怒っている"と思ってひたすら謝る体制に入るだろうが、は彼の雰囲気で、それが"警戒"の瞳だと感じ取っていた。


彼が見つめている一点に、も目を凝らす。だが、何も見えて来ない。それはやはり、人間と妖怪という種族の違いからだろう。しかしそこからがさがさと、遠くからだが音が聞こえてくることを考えると、何かがこちらに来ているだろう。それに微かだが、妖気が感じとれる。は雨月刀を構える手に力を込めた。


―――だが。


「―――!?」


草を掻き分けて現れたのは、少女だった。年齢はおそらく、七宝より少し大きいくらいだろう。こんな少女に彼は警戒していたのか?そう疑問に思って、は殺生丸を見遣ったが…彼がどうやら一番驚いているらしかった。


「…え…なになに?なんであんたあたしに刀向けるの??」


少女がそう言ってはじめて、は自分が雨月刀を構えたままなのに気づく。ごめんね、とひとこと謝って刀をひっこめると、少女は大丈夫!と元気良く言って笑った。


「べつに刀向けられんのは慣れてるからいいよ。たださ、あんた妖怪と一緒にいるのに理解ないのかと思って」
「へっ…理解?」


少女の言葉は、不可解だった。一緒に居るのが妖怪で…だから、何?しかしその疑問も、彼女を良く観察してみると、ようやく理解できた。


鋭い牙に、長い爪。足の模様に、長い尻尾。


「…半妖?」
「そ。あたし半妖なの。だから刀向けられるのは慣れてるのさ」


その時はやっと、殺生丸があんなにも驚いた理由がわかった気がした。


「ねぇ、あんたらさ、強い?」
「え…?」
「もし強いんなら、あたしの村へ来てよ。どうしても、退治してもらいたい妖怪がいるんだ!」






川辺に移動したたちは、はしゃいでいる少女、白葉(しらは)とりんをみていた。犬夜叉と奈落以外の半妖を見たことがなかったたち…特に殺生丸は、驚きを隠せない様子だ。そしてそれ以上に、対処に戸惑っているように見えた。


「ふぅ、気持ち良かったぁ」


川から上がってこちらへやってきた白葉が、を見ながら笑った。


「ごめんごめん、つい夢中になっちゃってさぁ」
「べつに大丈夫よ。それより、さっきの話…」
「あぁ、そうだそうだ!じゃあそっちのにーさんも聞いてくれる?」


殺生丸を振りかえる白葉。だが、殺生丸は大した反応もせず、視線を流しただけで終った。


「…何か、機嫌悪いの?」
「あ…いや、いつもこんな感じなの。気にしないであげて」


の言葉に、白葉はふぅんと言うと、少し拗ねたように別にいいけどねー、ともらした。


「…で、早速話しに入るけどさ。…実はあたしたちの村、ある妖怪に襲われてるんだ」
「ある…妖怪…?」
「人間の体を血肉とし、妖怪の妖力を力とする妖怪。だから、あたしみたいな半妖は、絶好の獲物ってわけさ。妖怪の名前は紫浪(しろう)と言って、ここいらじゃすごく優しくて、大人しいって評判な妖怪だった。…けど最近は、すっかり人を襲うようになったらしい」
「…どうしてそんな」
「わかんない。わかんないけど…とにかくそいつを退治…いや、できれば元に戻して欲しいんだ」
「元に戻すって…どういう事?」
「紫浪は…紫浪は本当は、あたしたちの村にすんでたの!そのころは絶対に、人や妖怪を食べたりしなかったし、あたし達と同じ、平和な生活をしていた。…だから、きっと紫浪がそうなったのは、なにかあったからだと思うんだ!操られているか…わからないけど、きっと何かあったんだよ!だからっ」


今にも泣き出しそうな表情の白葉を、は優しく抱きしめる。彼女の気持ちがわかるから、どうにかしてやりたい。…殺生丸の方を見つめて、お願い、と心の中で唱えた。
殺生丸はそんなに小さくため息をつくと、ゆっくりと立ち上がる。そして、岩に立てかけてあった雨月刀をつかんで、に差し出した。


「…殺生丸?」
「……行かぬのか」
「っ、行く!」


殺生丸の言葉に、と白葉が同時に殺生丸に笑いかける。白葉に至ってはの腕からすりぬけ、殺生丸の足にしがみ付いて大喜びした。それを少し迷惑そうに見遣る殺生丸を、は苦笑混じりに笑う。そんなを、殺生丸は少しだけにらみつけると、白葉を剥がしてまたため息をついた。


「…行くのなら早くしろ」
「う、うん!じゃああたしについて来て!」


そういって歩きはじめた白葉に、たちはついて行く。一体これから何が起こるかわからないが…いやな予感ではない、むしろそれの逆に近い…今までに無い不思議な予感がしていた。



2006.06.14 wednesday From aki mikami.