人間と妖怪


邪見もりんも、白葉ですらも、すっかり歩き疲れてしまったようだ。そんな中、殺生丸とだけが、眠れない夜を過ごしていた。


「…起きてる、殺生丸?」


が言うと、彼は閉じていた目をゆっくりとあけた。


「ちょっとお話しない?あんまり眠る気になれなくって…」
「―――…眠れない理由でもあるのか」


殺生丸の言葉に、は黙りこんだ。彼に話したい事は、眠れなくなるほど考え込むような事ではない。だが、やはり気になっていることに変わりはなくて…この機会を逃したら、もうきくことが出来無さそうだった。


「あのね…半妖の事、なんだけど…」


言いずらそうにが言うと、殺生丸は少しだけ眉を釣り上げた。


「…殺生丸って、…人間も半妖も嫌いなんでしょ?」
「……だからなんだ」
「あ、いや…だから殺生丸、犬夜叉の事殺そうとするのかなって。それに奈落も…確か半妖でしょう?」
「――半妖、か。…半妖だというだけで、私があいつらを殺そうとすると、お前は思うのか?」
「いや、そのっ、なんていうか、ただそれも、理由の一つなんじゃないかと…」
「――――――あながちはずれてはいないが…犬夜叉を殺すのは、あやつが父上を殺したも同然だからだ。そして、誇り高き我が一族の血を、人間などの血で汚した。そして奈落を追うのは、やつがこの私をコケにしたからだ」
「それが…理由?」
「そうだ。  聞きたいことはそれだけか?」


殺生丸の双眼が、を捕らえる。は、まるで悪い事をしたような気持ちになった。


「あの…あと、もう一つきいていい?」
「なんだ」
「…半妖は…人間と妖怪の子供よね。それじゃあ、奈落も…?」
「   あやつはそう言った類の者ではない。人間の体に数多の妖怪が集まった、出来そこないだ」
「―――、そう、なんだ…  よかった」


が何に対してよかったと言ったのか、彼には理解できなかった。大体何故今更半妖について聞くのかもわからない。このとき、は本当にほっとしていて、それからすぐに深い眠りへとついていった。


不可解な心をひとつ、彼に残したままで。






「ここだよ!ここがあたしの村さ!」


そう言って白葉はたちを振りかえった。そこは普通の人間の村となんら変わりない。だが、付近の山は木肌がえぐれていて、争いがあったことを思わせる。


「―――こら、白葉!」


そう叫び声が聞こえて目をやると、そこには恰幅のいい女が立っていた。


「母さん!」
「何してたんだ二日も! 突然いなくなって…皆心配したんだよ?」
「ごめんごめん。でもほら、ちゃんとつれてきたんだよ!助けてくれる人!」


白葉の言葉に少し驚いて、彼女の母はたちを見遣った。


「あんたたち…すまないねぇ。うちの子に振り回されて、大変だったろう?とりあえず休んでおいき!引き返すにしても、疲れているだろうからねぇ」


こっちだよ、と言って、白葉の母は歩きはじめる。その後ろを歩きながら…殺生丸は複雑な心境だった。白葉が半妖だと聞いた時からわかっていたことのはずだ。…親のどちらかは、人間であることは。だが、現実にあって見ると、どうしても困惑してしまう。―――人間と共に生きると言うことは、"そういうこと"だ。頭ではわかっているのに…どうして納得する事が出来よう。"人間"と"半妖"によって父を奪われた、彼に。






「…紫浪はねぇ。あいつはこの村でも特に優しい妖怪だった」
「え…この村でも特に、って…」
「あれ…白葉から聞いてないのかい?この村は、人間も妖怪も関係ない。だから半妖だってたくさんいるんだ。そうやってやってきた村さ」
「…人間と妖怪の共存、ってこと?」
「そう。だからこの村の連中は、紫浪をほおっておけない。…例えあいつが、妖怪の本性を現しただけだったとしてもね」
「…妖怪の…本性?」
「今までにも、いなかったわけじゃないさ。人間がたくさんいる、おまけに妖怪が入り込みやすいこの村に、"餌を求めた妖怪"が入り込む事が、ね。でも、あたし達は人の心が読める訳じゃないし、そんな事をいちいち気にしてたら、誰も信用なんて出来やしない。そう言うのは、付き合ってるうちにわかるもんなのさ」


は、殺生丸を一瞥した。…確かに、彼と付き合って見てはじめて、彼の優しさがわかった。…人間同士の付き合いでも、そうだ。


「しかし…そうはいってもねぇ。あの紫浪まであんな風になるとは、正直思わなかったよ。何せあのこは少し前に、人間の恋人を亡くしてるんだから。…まぁ、"だから"そうなったってことも考えられなくはないけど…」


―――人間の、恋人。
その言葉に、殺生丸は自分でも驚くほど過敏に反応していた。…は、恋人ではない。そんなことはわかっていても、つい彼女を見てしまう。自分のへの気持ちが特別なものだとわかってしまった以上、それが具体的になんなのか…意識せざるを得ない。


「あの…その紫浪さんは…家族とかいないんですか?」
「…いるよ。子供が一人。たしか、紫浪がまだあんた達くらいの時に拾ってきたって言ってたけど…人間の、男のこさ。年は白葉と同じで9歳。…なんならあってみるかい?その子に」


は、また殺生丸の方を振り向いた。しかし、彼は何も言わない。…彼の無言は、「勝手にしろ」と同じ意味なんだと、は知っている。


「―――連れていっていただけますか、そのこのところへ」


言って、話を聞いて見よう。すべてはそれからだ。

紫浪と言うその妖怪が、人間を愛していて…そして、それだけではなく、人間を子供として拾ってきたのなら…例え恋人をなくそうと、絶対に人を手に掛けるはずはない。それは確信でもあり、

の、願いでもあった。



2006.06.15 thursday From aki mikami.