父子


「暁(キョウ)ー、いる?」


白葉の呼びかけに答えて出てきたのは、彼女の母の言葉通り、幼い子供だった。


暁、と呼ばれた人間の少年は、たちの姿を見るなり驚いて、再び家の中へ引っ込んでしまった。しかも白葉はお構いないなしでずかずか家の中に入っていく。


「大丈夫だって、暁。この人達は、あんたのお父さんを助けてくれる人なの!」
「うっ…うそだぁ…」
「本当だってば!このあたしが連れてきたんだから間違いない!ほら、おいでよ!」


少々強引な白葉に連れられて、暁は恐る恐る、たちの前にやってきた。


「ねーさん、こいつがさっき話した暁!すっげー弱虫だけど、結構いいやつなんだぜ」
「私、って言うの。このお兄さんは殺生丸で、女の子はりん。で、この小さいのは邪見よ。よろしくね」


の後ろで邪見が、小さいとはなんじゃ!と文句を言っていたが、殺生丸の足で一掃される。その様子を見て今日は少し頬を緩め、やっとまっすぐにを向いた。


「あの…おねーさんたち…本当にお父さんを元に戻してくれるの?」


は、私じゃなくてこのお兄さんがね、と言って、殺生丸に目配せをした。だが、彼がそれに対して何かを答えるはずもなく、そっぽを向いてしまう。素直じゃないなぁ、と思ったら、思わず笑みが漏れて殺生丸ににらまれてしまった。


「…で、詳しくお話を聞きたいんだけど…いいかな?」
「うん…じゃあ、中に入ってよ」


暁に促され、たちは中に入る。…子供が一人で暮らすには広すぎる家だ。おそらく父と、その恋人と、三人で暮らしていたのだろう。


「…早速で悪いんだけど…暁、聞かせてやってよ、紫浪の事」


白葉が言うと、暁は浮かない顔をしてうん、と小さく相槌をうった。だが相槌だけで、彼は何も話そうとはしない。


「…話すのいやかもしれないけど…話してくれないかな。少しでも何か分かっていないと、私達も、何もしてあげられないから…」


ができるだけ優しく暁に告げると、彼はついに決心したのか、顔をあげて、わかったとひとこと言った。


「―――…お父さんは…僕のお父さんは、絶対に人間を襲ったりはしない!だってお父さんいつも言ってたんだ!『いつかきっと、妖怪と人間はわかりあえるときが来るんだ』って。『言葉が通じるのに、わかりあえないはずがないんだ』って!それに、今まで本当にお父さんは一度も人間を襲った事が無かったんだ。それなのに最近は…人間も、半妖も、…妖怪すらも、襲ってえさにするんだ…って言って…」
「…お父さんが変わっちゃったのは…いつから?」
「十日くらい前。夜遅くに、"変な物音が聞こえるから見てくる"って言って…帰ってきたときは、もう…」
「―――じゃあそれからは…一度もお父さんに会ってないの?」
「ううん。3日前に見たんだ。そのときは誰も襲わないでいなくなっちゃったけど…」
「…なにか、変わったところはなかった?」
「べつに何も…あっ、そういえば、変な数珠みたいなのがついてたよ、首に!坊様が使うみたいなの!」
「…数珠?」
「うん!」


殺生丸は思考を巡らせた。妖怪に、数珠を使うものなどいただろうか?そもそも数珠とは、"人間"が"悪霊払い"や"妖怪退治"などのために作ったもので、起源は少しも妖怪に由来しない。ということは。


「―――…小僧」
「、はいっ」
「お前は今日から、この娘の所に行け」


殺生丸の言葉に、その場に居る全員が驚いた。もちろん、もだ。まさか殺生丸が自分から話しに加わるとは思わなかったのだ。


「…殺生丸」
「―――小娘の家まで戻るぞ」


そう殺生丸が言って、立ち上がり、歩き出す。そのときにの耳下で、ひとこと呟いた。




『今回は、お前の力がどの程度か、だな』






白葉の母の配慮で、たちは寺院の一室を寝床として使用することになった。殺生丸はそんなものいらないと言ったのだが、ががどうしてもと言うのでしぶしぶ了解したのだ。昨晩よろしく、邪見とりんはさっさと寝てしまったので、と殺生丸は再度二人きりになった。

は、昼間彼に言われた事を思い出す。…あれは一体、どういう意味なのか、彼女には分からない。


「―――ねぇ、殺生丸」


は布団から起き上がり、壁を背にしている彼の隣に座った。


「…あれ、どういう意味?」
「どれだ」
「今回はお前の力がどの程度か、っていったでしょ。あれ」
「…あの小僧の話を聞いて、何も思わなかったのか?」
「え…?」


何もわかっていないに、殺生丸は軽くため息をついた。


「…紫浪と言う男は、小娘の言うとおり…操られているのだろうな。おそらく―――人間に」
「なっ」


思わず大声をあげそうになったが、何とか自ら両手で口を塞いだ。


「でも、どうしてそんな事が…」
「数珠」
「え?」
「小僧の言っていた数珠が、おそらく媒体になっているのだろう」
「―――なんでわかるの?」
「数珠を使うのは、ほとんどの場合人間だけだ。妖怪が武器や装飾品としてそれを持つことは考えにくい。それに、妖怪はそれをこのんで使うよりは、拒むのが普通だろう」
「…じゃあ、今度のことは全部」
「人間の仕業か、人間の裏で妖怪が糸を引いているか。いずれにせよ、人間がなんらかの術を使っていることは間違いないだろう」
「でも、どうしてそんなことを…?」
「そこまでは知らぬ。だが、呪術の類がその紫浪を操っていたとして、それを解けるのは…お前だけだ」
「私?」
「私には力があるが、"霊力"はない。呪術をとけるのは、多くの場合霊力によってのみだろう」
「…だから、私の力次第っていったのね」


殺生丸は何も言わないが、は自分の役割の大きさを感じた。

一体誰が何のためにこんな事をしているかは知らないが…この事態をおさめられるのは、自分しか居ない!

強く、拳を握った。



2006.06.16 friday From aki mikami.