妖怪


村人からの話を聞いてやってきたのは、近くの山。そこによく紫浪がいるらしい。


木々は倒れ、川はにごり、山は死んだようにひっそりとしている。ここで何度か、村人と紫浪の戦いがあったらしいが、一度も勝った験しはないと言う。元々、紫浪はここいらで最も強い妖怪であった。村を荒らす鬼が出ても、紫浪さえいればすぐに追い払ってくれたと、どの村人も話していた。

だとしたら、少々厄介だな、とは思う。いくら殺生丸がいるとは言っても、力の強い妖怪を相手にして、術を解くなんて、できるとは思えない。それに、もし殺生丸がその場にいなかったらどうなる?そして、殺生丸は手加減して戦うことに慣れていない。―――不安が多い。見通しのつかない行き先と、先行き不安な未来にため息をついた。すると、後ろを歩く殺生丸に、ため息をつくより早く歩け、とお叱りを受けてしまう。誰のせいよ誰の、と思っている事を素直に言えるはずもなく、はぁい、と気の抜けた返事を帰して前方にそれとなく目をやった。


そこには、村からは見えていなかったが、木で出来た小屋があった。


「ねぇ、あの小屋何かなぁ?」


そうは言って、返事も待たずさっさと駆け出してしまう。…殺生丸はを呼びとめたが、解き既に遅く、の姿は忽然と目の前から消えた。


「―――、」


先ほどが言っていた小屋は、だけにしか見えていなかったのだ。おそらく、結界がはってあるのだろう。それが、霊力のあるには通用しなかったのだ。…だが、殺生丸にはきちんと通じている。すなわち、殺生丸はその結界の中には入れないと言う事だ。


「…っ」


呼びかけるが、返事はない。事の重大さに気づいたらしいりんと邪見も、大声での名を叫ぶが、やはり応答はなかった。…殺生丸は小さく舌打ちをした。もし引き離れされたらは勝てないかもしれないと考えていたが…まさか現実に起こるとは。


「きゃあ!」


子供の叫び声が聞こえて、振りかえった。するとそこには、襟首をつかまれた白葉と、相手の足にしがみついて懇願する暁、それに…淡い青色の髪をした妖怪が、立っていた。






「ちょっ…殺生丸、どこ?」


急に、みんなの姿が見えなくなり、は慌てた。あたりを見回して見るが、目の前には先ほどの小屋、それに、今まで歩いてきた道しかない。


「もしかして…引き離された?」


にとっても、一番恐れていたことだった。これから対面するのは紫浪ではなく、おそらく人間の術者の方だろうが、どちらにしても、一人で勝て得る自信はない。今まで歩きながら考えていた作戦はすべて"殺生丸が居れば成功する"もので、彼がいない今、どうすればいいのか、はわからなくなっていた。


とりあえず、この結界から出よう。そう思って一歩踏み出しただが、ふと考えが変わった。

どうせこの空間は、相手の意のままだ。が結界から出ようとしても、無駄に違いない。

は体を反対に向けた。そこには先ほどまで目指していた、小さな小屋。背中からいやな汗がふきでるのがわかる。
ごくりと唾を飲み込んで、ゆっくりと、小屋に足を踏み入れた。だがその瞬間、の中にたくさんの物がうつりこんで―――は、がっくりと膝をついた。






「ばかもの!何故ついてきたのじゃ!」


邪見が叫ぶと、白葉が紫浪の腕の中で暴れながら言った。


「だって、気になるじゃんか!あたしがあんたらに頼んだことなんだし…それに、友達の父さんだよ?!」
「殺生丸様は、足手まといになると予測して、お前達に来るなと言ったのだ!それをお前達は」
「邪見」


邪見の言葉を殺生丸が遮った。そして、紫浪をにらみつける。


「…きさまが紫浪とか言う妖怪か」
「そうだ。…お前は、私を退治しにきたものだな」
「…退治…?この私が、人間などに協力するとでも思っているのか」
「人間の娘を連れているお前が言える事ではなかろう?」


そう言って、紫浪は腰に刺さった二本の刀を抜いた。その刀は黒く、鈍い光を放っている。


「お兄さん気をつけて!お父さんのその刀は、双清刀と言って、持ち主の心に反応して力を持つんだ。だから…」
「暁…しゃべりすぎだ」


バシ、と紫浪は暁をたたき、まるで虫のように見下ろした。その目はもはや父のものではない…ただの妖怪の目だ。


殺生丸は、天生牙に手を掛けた。―――だが、殺生丸はわかっている。天生牙を抜いてはいけないことを。天生牙の攻撃技…冥道残月破は、確実に相手の体を"持っていく"ためのもので、手加減は出来ない。は紫浪を殺すことを望んではいない。ならば、素手で戦うしかない。しかしそれでは、いくら殺生丸とて分が悪すぎる。彼の足下で、砂がざりっと音をたてた。


それと同時に、紫浪は攻撃を繰り出した。



2006.06.18 sunday from aki mikami.