人間


五歳くらいの少年が、の前を走り抜けていく。…あたりは真っ暗なはずなのに、少年の周りは明るい。


少年は、どんどん遠くへ行ってしまう。は何故か、彼を追いかけなければいけないと思った。少年には耳がはえていて、おそらく半妖であると予測される。白い上物の着物を身につけていて、腰には刀をさしていた。


「っ、待って…!待って、お願い!」


彼に置いてかれたら、一生元の世界に戻れない。そんな気がして、声を荒げる。しかし少年はとまらず、ずっと前だけを見て楽しげに走り抜けていく。少年の周りが少しずつ、色づいてくる。まず足元が緑に、そして地面全体が原に。そして少しずつ、真っ黒い空間が森の中へと変化していく。足元に落ちている小さな石ころや、細い枝。ここは小屋の中のはずなのに、どうしてこんなものが見えるのか。これは幻覚だろうかと思ったけれど、吹いてくる風や足の感触は本物だった。


―――突然、少年が立ち止まる。勢いでつっこみそうになったのを何とかこらえて立ち止まると、少年はますます楽しげな笑みで、茂みの奥にかけていく。は少し間をおいて、ゆっくりとのぞいた。


そこにいたのは、親子だった。だが、普通の親子ではない。先程の子供と、もう一人、額に三日月を持った少年、そして、その少年に抱かれている、生まれて間もない女の子供。…その子供達の傍らに居るのは


―――にそっくりな女。


「―――、」


は混乱していた。あれはまさか、未来の自分の姿なのか、と。そんなことはあるはずがない。何度も何度も言い聞かせるが、どう見てもあの女は、なのだ。


「…あら、おかえりなさい」


そう、女が言った。その視線の先には、…一人の男。長い白銀の髪を後ろで結んだ、妖怪。


せ っ し ょ う ま る






「っ!!」


ものすごい衝撃で目を覚ました。そこはどうやら小屋の中のようで、はほっと胸を撫で下ろす。だが、その安心も束の間はくすくすと笑う声を聞いてはじかれるように立ち上がり、雨月刀を構えた。


「そんなに警戒しなくてもいいのよ。だって、あなたも私も同じ人間。そして同じ妖怪を愛するものなんだから」
「っ」
「あなたも愛しているんでしょう?あの殺生丸と言う妖怪を。だからこそ、そんな願望をもっている。 あの強くて、誇らしい妖怪…」


ぎし、と床が軋む音が聞こえて、は顔を向ける。そこには、巫女服に似た服装の女が、薄緑色の数珠を持ってたっている。口に赤い紅を引いた、美しい女だ。


「すべてのものは、強いからこそ美しい。弱い妖怪などに、価値はないのよ。だから、力のない半妖も、力のない人間も、ただの餌に過ぎないの」


妖艶な笑みを浮かべる女。はその発言に本気で怒りを覚えた。


「ふざけないで!私は確かに殺生丸を好きだけど、彼が強いから好きなわけじゃない!ただたまたま好きになった殺生丸が強かっただけよ!それに何なの?弱いものが餌って…!半妖だって、人間だって、妖怪だって…弱くても、生きてるのに!それに、半妖は人間と妖怪が愛し合えることの証明でしょう?どうして餌だなんていうの!」


人息に言って、はぁ、と肩で息をする。山の上にいるせいだろうか、息が苦しい。眩暈がして、前向きに倒れそうになった。


「…そう、残念ね。わかりあえると思ったのだけれど。…わかりあえないのなら…あなたのその力、ちょうだい」


女の口が、弧を描いた。数珠が赤黒い光を放ち、とくっと脈打つ。その瞬間、の全身から力が抜けた。






「っ」


殺生丸の頬に一筋、赤い線が出来上がる。紫浪の口元に薄い笑みが浮かび、双清刀を再び大きく振りかざした。殺生丸はその攻撃を何とかよけるが、どうしても紫浪の間合いに踏み込むことが出来ない。紫浪は、思っていたよりずっと強かった。

村の妖怪たちが束になっても勝てないと白葉の母は言っていたが、そのときは、彼を助けたい気持ちから無意識に手加減をしていたのだろうと思っていた。…だが、いざ戦って見ると―――それが手加減などでなかったことがわかる。正直彼も、手加減をしながら戦えないかもしれない。


…それでも、彼は紫浪を殺せない。…を、裏切れないのだ。



2006.06.19 monday from aki mikami.