妖怪の心


頭の芯が痺れるような感覚。足が固められたように動かない。…だが、ここで倒れるわけにはいかない。はよろめく体を奮い立たせた。


紫浪は、双清刀を殺生丸に向けて振りぬいた。刀の軌道は黒い光を放ち、彼に向かってくる。何とかギリギリでそれをよけると、間合いをつめて爪撃を繰り出す。


「毒華爪!」


しかし紫浪もそれをよけて、再び彼との距離を開けて斬撃を放った。先ほどから、ずっとこの調子だ。ほとんどが紫浪の攻撃で、殺生丸は防御するしかない。やはり刀が使えない分だけ、満足に攻めることが出来ないのだ。岩陰にかくれていた邪見は、殺生丸の不利を感じていた。殺生丸が負けるところなどは想像も出来ないが、このままだったら…。


邪見はばっと岩陰から飛び出した。


「殺生丸さまぁ、天生牙を…冥道残月破をお使いくだされ!このままでは分が悪すぎます、殺生丸さま!」


邪見の言葉に、殺生丸の動きが一瞬止まった。そこに紫浪はすかさず攻撃を仕掛け、殺生丸に直撃する。


「せ、殺生丸さま!」


邪見の叫びと共に、あたりが砂埃につつまれる。全員が緊張で見守る中、煙の奥からだんだんと見えてきた殺生丸は…―――天生牙の結界に守られていた。


「せ、殺生丸様ぁ、よくぞご無事で…!」


ほっと胸を撫で下ろす邪見だが、殺生丸は邪見の心配もよそに天生牙を鞘がついたまま邪見の方に放り投げる。


「な"っ、殺生丸様、なにをっ」
「…持っていろ」


その殺生丸の行動に、紫浪はにやりと笑う。


「…刀を手放して、この私と戦えると思うか?」
「私はきさまと戦いにきたわけではない」
「とんだ嘘を。…所詮妖怪の求めるところは強さ。当初の目的がどうであれ、強いものと戦い倒すというのは、"妖怪の本能的"目的であろう」
「―――」
「それに、私は勝ち続けなければならないのだ。亜矢根のために…亜矢根に認められるために!お前もそうであろう、先ほどの女のために、強くあらねばならぬだろう!」
「何を、戯言を」
「強いからこそ、女はお前のそばにいる。そうでなければ、人間と妖怪が共に生きれるはずが無い!」


紫浪はそう言って、双清刀を振り抜く。黒い光がまるで竜のように迫ってきて、殺生丸は空に飛び上がりそれをかわした。


「…力が強いからともにいる、だと?」
「…それ以上に、一緒に居る理由などないだろう」
「愚かだな…お前が言う亜矢根とか言う女がどう思っているかは知らぬが、少なくともは"そう言う関係"ではない」
「っ」
「私が力を求めていることは認めよう。だがそれは、しかるべき相手を倒すためだ。に認められるためなどと言う下らない理由ではない、そう言う事で、は私を認めない」
「何を」
「私の強さは、私のためにある。貴様などと一緒にするな!」


そのひとことと共に、殺生丸の爪から毒が放出される。紫浪は双清刀でそれをよけたが、強力な毒が刀の柄を溶かしてしまった。その時一緒に、彼の手も解かされる。


「ぐっ」


じんじんと痛む手をおさえて、紫浪がその場に座りこむ。殺生丸は紫浪を見下ろして、言った。


「―――他人のために使う強さなど、ない。すべては、自分のためだ」






「な…私の、術がっ」
「効かない。貴方みたいな人の術は…絶対に!妖怪を力でしか見てないあなたなんかに、絶対負けたりするもんか!」


―――ぱし。


女の手にしていた数珠が、音をたてて割れた。の体を押さえつけていた力が消えて、女は茫然とその場に立ち尽くす。


「―――、紫浪…紫浪っ」


突然、女は立ち上がって走り出した。小屋の外へ出て、紫浪の名前を叫んでいる。声が遠ざかっているのを見ると、彼の元へ向かったのだろう。はまだすこしよろめく体を奮い立たせて、彼女のあとを追いかけた。






「紫浪、紫浪!」


そう叫びながら走ってきた女が、紫浪に抱きついて泣き始めた。一体何が起こったのか、殺生丸にはわからない。


「…亜矢根…さん?」


暁がポツリとこぼした。そして、驚愕の表情をうかべる。


「そんな…亜矢根さんが、どうして…」


「―――、殺生丸!」


後方からの声に振りかえると、が走ってきていた。結界が消えたらしく、小屋が一軒建っているのが見える。


「…今、こっちに女の人が…!」


そこで、の言葉は途切れた。泣いている女が…亜矢根の姿が、目に入ったから。


「…あの女が術者か」
「う、うん…そうだけど…」


どうして泣いてるの?という問いが出かかって、飲み込んだ。殺生丸も状況が飲み込めていないようだったから。


紫浪は泣いている亜矢根を抱き締めていた。その姿だけを見ていると、"普通の二人"に見える。…だが、ここにいるのは術者と操られた妖怪だ。


…それなのに、二人は心から愛し合っているように見えた。



2006.06.20 tuesday from aki mikami.