誤解


亜矢根と紫浪の様子を見守っていたは、白葉と暁の驚愕の表情に気がついた。


「…白葉ちゃん、暁くん…?」


の呼びかけに、二人はゆっくりと振り向いた。


「大丈夫?」
「う、うん。それより姉さん…あの人、亜矢根さん?」
「え…そうなの?私はよくわからないけど…亜矢根さんって、貴方達の知り合い?」
「知り合い、っていうか…」


話し始める白葉がわずかに震えているように見える。は首を傾げ、様子がおかしい事に気づいた殺生丸も、たちの元にやってきた。


「―――亜矢根さんはっ…お父さんの恋人だよ」
「えっ…?」
「言ったでしょう、暁のお父さん少し前に、恋人を亡くしたんだって」
「でも、それじゃああれはっ」


ようやく、白葉と暁の驚きの理由がわかった。死んだはずの人間が目の前に現れたのだから、当然の反応だ。


「―――どういう事なの?」


状況を飲み込めないが呟いた。だがもちろん殺生丸にもわかるはずがない。ずっと紫浪と共にいた暁ですらわからないのだ。


泣いていたはずの亜矢根が立ち上がって、の方を振り向いた。隣にいる紫浪は、亜矢根を支えている。


「―――ありがとう」


突然、そう言った。その表情はとても穏やかだ。


「…私を、元に戻してくれて」
「え…?」
「大好きだったから、とても悲しかったの。彼の裏切られたと勘違いした。だから、こんな結果になったんだわ」
「…どういう事?」
「話すわ、ちゃんと全部。貴方達は関係ないのに、巻き込んでしまったから」


そう言って、亜矢根は歩き出した。






「私が、紫浪と一緒にあの山に行った時…私、崖から落ちてしまったの。紫浪は気が動転していて…助けを呼ぶために村に帰ったんだって。でも、私はその様子を見てて思ったの。…見殺しにされたのかもしれない、って。私は紫浪が村から戻ってくる前に、何とか自力で村まで戻ろうと思って、その場からいなくなった。紫浪に裏切られた事が悲しかったし、それに、どうせ助けにきてはくれないと思ったから。…山の中をずっとふらふらしていたらね、祠を見つけたの。この山に伝わる、古い巫女の祠を。そこには祭壇があって、なぜか緑色の数珠が置いてあった」
「それをとったら…こうなってしまったの?」
「そう。…もともと私には少しだけど霊力があって…だからこそ、ああなってしまったんだと思うわ。だってあんなに目立つところならきっと他の村の人も、あそこに言った事がある人がいるはずだもの。でも、こんなことが起こったのってはじめてだし…」
「―――…殺生丸、ねぇ」


ちら、と殺生丸を見遣る


「その祠に…」
「いかぬ」
「っ」
「と言っても、いくのだろう、お前は」
「―――、」


殺生丸が意地悪な笑みを浮かべて言う。は少し笑って、いじわる、と呟いた。






祠には、明日行こうという話になった。白葉は自分の家へ、そして暁と紫浪、亜矢根は、三人の家に向かって帰っていった。たちは、昨晩過ごした寺院でもう一夜過ごすことになり、は今日一日の疲れのせいか、すっかり寝入ってしまっていた。だから、今晩は実質、殺生丸一人の夜だ。


殺生丸は、眠りこけているの顔を見ていた。…戻ってきてからのは少し、様子がおかしかった。あまり殺生丸の顔をみようとはしなかったし、どこか顔が赤かった。照れている、と言う感じだ。一体自分がいない間に何があったかは知らないが、彼にして見れば複雑な心境だった。

寝返りを打つ。穏やかな表情だが、それが妙に腹が立って、殺生丸は彼女の隣でその頬をつねった。


「―――、ん、何っ」


がぼんやりと目を覚ます。開ききらないままで殺生丸を見つめ、あからさまに不機嫌な表情をする。


「何よぉ…」
「…いや」


自分で起こした割には、どう対処すべきかわからなかった。すると。


「あー、今日は髪おろしてるんだねぇ」
「…何を言っている?」


いつもおろしているだろう。そう思って呟いたが、は殺生丸の首に前から腕を回して、彼の髪を持ち上げた。


「ほらぁ、いつも、こうやっ…」


そこで、言葉が途切れる。一体何事かと思って、と呼びかけるが、彼女は殺生丸の肩に顎をのせたまま眠りこけていた。

殺生丸は深くため息をつく。それから、まるで赤ん坊をあやすような手つきでの頭を撫でた。


―――一体、どんな夢をみていたんだ。


そう考えると、また更にため息が出る。自分の夢を見ている、と言う事実は悪い気分はしないが、内容が問題だろう。


急に、今この状況がおかしな物に思えてきた。を離して寝かせようとするが、彼女の腕はぐっと絡みついて離れない。片手しかない彼の腕でそれを引き剥がすのは至難の業だろう。


「――、」


この先一体どうしようか、必死に模索していると。


「きゃあ!」


女の叫び声が聞こえてきて、胸の中のが飛び起きた。彼女は真っ赤な顔をしていたが、殺生丸はあえてそれを無視する。の雨月刀を掴んで少々乱暴に渡すと、行くぞ、とひとこと言って、先にさっと声の元に走って行った。



2006.06.22 thursday From aki mikami.