が殺生丸の元に駆けつけたとき、彼は既に紫浪と戦っていた。


一体何がどうしてこうなったのか、にはわからなかった。地面に座りこんでいる暁と亜矢根にかけ寄る。


「亜矢根さんっ…一体何が…!」
「し、紫浪が突然…!」
「お姉ちゃん!お父さんを止めて!」


暁が泣きそうな顔で言った。は戦っている二人に目をやる。紫浪の優しそうな表情が一変して、人間を襲う妖怪の顔をしている。紫浪の首元には、赤黒い痕がついていた。


「…あの痕は?」
「数珠を外したと後に見たときにはもうついていたわ。多分邪悪の気が肌に焼きついて後になったんだろうって、紫浪は言ってたんだけど…」
「もしかして…あれのせい?」
「でも、あれは火傷みたいなものだからって、紫浪も笑って…」
「でも他に考えられるものはないんですよね?」



そう尋ねると、亜矢根は黙って頷いた。その瞬間、紫浪は双清刀をフリ抜き、斬撃が地面を削り取って殺生丸に向っていく。彼は腰の天生牙でそれを受け止めた。


「―――、殺生丸!」


は雨月刀を構えて、殺生丸の隣に並んだ。


「殺生丸…紫浪さんの動き、止められる?」
「…出来ないことはない」
「じゃあ、お願い」

が言うと同時に、殺生丸は爪を立てて紫浪に向っていく。殺生丸の繰り出す攻撃を紫浪はひらりとかわすが、その瞬間僅かに出来た隙をねらってが紫浪の正面から攻撃を繰り出す。紫浪が辛うじてそれをよけるが、足元がよろめく。殺生丸がそれを見逃さず、紫浪の足を払って転ばせ、手元を抑えた。も、紫浪の足に圧し掛かって動きを止める。


「亜矢根さん、早くきて!」


亜矢根が慌てて掛けてくる。


「抑えてて、早く!」


暴れる紫浪の身体をの変わりに押さえ込ませると、は雨月刀に力を集中させた。淡い光が刃先に集まり、清浄な霊力が漏れる。その光が集まった雨月刀をゆっくりと紫浪の首下まで下ろし、そのままつきたてた。


「ぐぁっ」


紫浪が呻き声を上げる。赤い痕がの霊力で僅かに光るが、それが段々とおさまってくると、後もすっかり消えてなくなっていた。


「…くっ」


が雨月刀をよけると、紫浪がゆっくりと閉じていた目をあける。殺生丸は彼から離れ、亜矢根は涙目になりながら彼を支えた。


「紫浪っ…」
「あ、や…ね」
「よかった…元に戻ったのね、紫浪!」
「元に戻ったって…私は一体…」
「また操られていたのよ。…あの数珠の痕のせいだって」
「数珠の…あと?」
「亜矢根さんを洗脳したみたいに、紫浪さんもきっと…。多分、あの祠に何かあるのよ」


そう言って、は殺生丸を見やった。…殺生丸も同じことを考えているようだ。


「今すぐ行きましょう、その祠に」


の言葉に、亜矢根は緩々と頷いた。






もうすぐ、夜が開ける。殺生丸と、そして紫浪と亜矢根は、祠の前に立っていた。


風が随分と耳にうるさい。まるでたちの侵入を拒んでいるかのようで、は軽く身震いした。殺生丸はそんな彼女の先に立って、祠へと足を進めていく。…だが、入り口を目の前に殺生丸が立ち止まり、後ろについていたは彼の背中に思い切りぶつかった。


「いったぁっ、ちょ、殺生丸…?」


鼻をさすりながら訝しげに彼を見る。殺生丸は祠を見つめたまま、天生牙に手を掛けた。


「――――――結界だ。この先に何か…いる」
「な、何が…」
「――――…そこまではわからぬ…が…」


その言葉の続きを、殺生丸は言おうとしなかった。それは、よほど悪い物がある、ということなのだろうか。は彼に並んで祠に目をやった。…特別変わったところはないように見える。結界が張ってあるのだから当然と言えば当然だ。


ゆっくりと、雨月刀を祠に向けて伸ばす。ばち、と音を立てて結界に切れ目が入ると、はそのまま雨月刀を横に滑らせた。ぱき、と大きな音を立てて結界が散らばる。その瞬間、壊れた結界の向うからものすごい風圧が襲ってきた。


殺生丸は、同時に近づいてくる気配を感じて天生牙を抜くと、をかかえて飛びあがった。風がおさまって、その場にゆっくりと下りてきたのは…人間の女。


「…生意気な女だこと。私の結界を破るなんて」
「なっ…あなたは…!」
「そこにいる妖怪…とても強そうね。…私に頂戴?」


薄い笑みを浮かべて、女は言った。その手にはあの数珠が握られている。僅かに白い光を放つと、女はそれを殺生丸に向けて投げた。殺生丸はそれを手で払い落とそうとする。しかし。


「だめっ!」


が間に割り込んで、それを雨月刀でなぎ払った。


「あの数珠に触れちゃダメ!殺生丸もきっと、紫浪さんみたいに…!」


そう言って、女に切っ先を向ける。


「いいかげんにして!頂戴ってなに?殺生丸はものじゃないわ!」
「もちろん、そんなことはわかってるわよ。妖怪、でしょ?でもだから何?頂戴って言っちゃいけないのかしら」
「あたりまえでしょう!人をまるで物みたいに…!誰かが誰かを支配するなんて出来ないんだから!」
「…馬鹿ね。他人は支配してこそ、でしょう?」
「―――っ、こんのっ!!!」


頭に血が上ったが女に切りかかろうとしたが、殺生丸はなぜかそれを制した。


「…殺生丸?」
「―――私がやる」


そのときの殺生丸の声色は、怒気を含んでいた。



2006.06.23 friday From aki mikami.