消えない温もり


眩しいほどの月明かりに、晴れ渡る夜空。…もう時期夜が明ける。そんな事実が、少しずつを不安にさせていた。


らしくない。迫り来る朝を待ちながら、そんな事をは繰り返し想った。始めて触れた温もり、笑顔の優しさ、蔑むでもない声。そんな優しさを失う事が怖いと、夜明けが怖いと想ってしまう。まるで一夜限りの術にかかっているようで。ただの長い長い夢のようで。


…本当にらしくない。


村にいても、いつも皆とうちとけられずにいた。妙な違和感と、孤独と疎外感。自分はここにいてはいけないような。


みずから距離を置けば、人々は遠慮なくを遠ざけた。


霊力が高いため人に見えぬものが見えるを化け物と呼んで…村に来てから、ずっとそんな暮らしをしていた。


それまでのことは、何も覚えていない。には十歳より前の記憶がなかった。気づいたらそこにいて、気づいたらそんな風に毎日を過ごしていた。だからこそ、突然の温もりが嬉しくて、愛しい。


四方に目を泳がせると、小さく固まって寝ているりんの姿。そしてその隣に、人頭丈を抱きかかえた邪見。そして…


「…殺生丸……」


ずっと、起きていたようだった。金色の双眼で、を軽く睨んでいる。は言葉につまっていた。自分を見すえる彼の、あまりの綺麗さに。そして、すべてを見透かされているような感覚に。


「何を考えている」


ボソッと、殺生丸が呟く。は肩を震わせた。


「余計な事を、考えているだろう」
「…」


黙り込んで俯く。彼は人の心を読めるのだろうか?くだらないことを考えてしまう。おそらく殺生丸はわかっている。が不安を抱いていること。


「…変なことを考える前に、明日の食事のことでも考えるんだな」
「でっ…でもっ」
「余計にしゃべるな。殺すぞ」


その言葉に少し固まったは、居心地悪そうに布団代わりの着物を頭から被った。


朝が怖い。夢から覚めたくない。気分が悪くなるくらいに、色々な感情が掻き回される。今はこの感情から目をそらすことしか出来なかった。


殺生丸は横目でを見て、また小さく息をつく。


それなりに覚悟はしていたが、やはり相当厄介な物を拾ってしまったらしい。…だが、その厄介分を差し引いても余るほどの利点がにはある。りんの世話をさせるという小さなこと、それに、強い霊力。使い道は大いにある。


磨いて鍛えれば良い刀になる。傍に置いて損はない。


ぽっかりと浮かぶ十六夜を眺めながら、そんなことを思っていた。



2004.11.11 thursday From aki mikami.
2006.03.04 saturday 加筆、修正。
2008.08.13 wednesday