雨月


『三日後に出来るから取りに来い』


昨日刀々斎に言われてから、はうなされるように何かを考えていた。


ちゃん…どうしたの?何か嫌なことでもあったの?」


りんが心配そうにを見ると、はいやいや、と答えながら顔の前で両手を振る。


「違うの。ちょっとね、考えごとしてて…」
「考えごと?何なに?」
「うん…。昨日頼んだ刀の名前をね、決めなきゃと思って…」
「名前…?」
「うん。ほら、殺生丸の刀にもさ、名前あるでしょ?闘鬼神とか天生牙とか…」
「あっ、そっか」


ポンッと両手を叩いて頷くりん。はフッと溜息をついて、また思考をめぐらせ始めた。少し前を歩く殺生丸が僅かに顔を顰める。


普段から注意力が足りない上、村娘だったせいかに山歩きに慣れていないので、その歩きはふらふらと不安定だ。それに輪をかけて考えごと。…危険極まりない。怪我などされてしまっては、面倒が増える。


殺生丸はが転ばないことを願い、通常よりも警戒しながら先へと歩を進めた。






夜、一行から少し離れたは、木の枝で地面に何やら書いている。月、星、空など、一字の漢字が何十も書かれている。それぞれの漢字を繋げてみたり離してみたりしながら昨日からのうなりをまだ続けていた。


そのうち、幾つかの漢字には○がついて、○の付かない漢字は全て足で踏み消された。


残った漢字は七つ。


"殺、雨、雪、氷、毒、妖、月"。


にとってはどれも殺生丸を思い出させる漢字だった。


これらの漢字が残ったのは、殺生丸の牙で作られたのだから殺生丸に少しでも関連した名前にしたいと言う考えからだ。


「んー…殺、だとなぁ…。ちょっと怒られそうだし…」


呟いて、"殺"の文字に"×"をつける。それから今度は"毒"の文字に"×"を付ける。


「毒なんて付いたら私持ちたくないし…」


ふぅっと溜息を付いて。空を見上げる。そこには眩しいくらいの月が揺らめいている。


「殺生丸と始めて会った日も、こんな月だったなぁ」


殺生丸と始めて出会った日。月夜には珍しく、天気雨が降っていた。


はしばらくぼーっと考えていたが、一瞬あの日の光景が頭をよぎり。


「決めた!!」


立ち上がる。しかし急にたったせいでよろめいて転びそうになり、そこを間一髪支えたのは…


「殺生丸っ…」


銀色の髪が風に靡いている。殺生丸はを離しながらゆっくり言った。


「刀の名前は決まったか」
「うん!」


笑顔で言う。体ごときちんと殺生丸に向き直ると、小さく深呼吸した。


「刀の名前は雨月刀」
「…雨月刀?」
「うん。月夜に降る雨で、雨月刀。殺生丸と始めてあった日…綺麗な月夜で、天気雨だったでしょ?だから」


はにっこりと殺生丸に笑いかける。殺生丸はそんなの顔をまともに見ようとせず、彼女から目を逸らした。その反応に小首をかしげ、顔を覗きこむ


暗くてあまり視界がきかない上、その表情を見たことがないので根拠もないが、なんとなく、照れているように見えた。


「…嫌だった?」


一応、そうたずねてみる。すると。


「……お前がそれで良いのなら、別に良い」


ぶっきらぼうに答える殺生丸。はそんな彼にくすっと笑いを漏らすと、睨まれたことも気にせず空を仰いだ。


二日後には今日名づけた薙刀が手元にやってくる。そしてそれをは誇らしげに、「雨月刀」と呼ぶのだろう。


淡い月の光の元で、はこの上ないほど笑顔だった。



2004.12.11 sunday From aki mikami.
2008.08.13 saturday