夜空に吹く風
「綺麗…」
夜空を見上げ、呟く。前を歩くりんと邪見も、その言葉にふと空を見上げた。
今日はいつもより少し長い距離を歩いている。…には、それが殺生丸の焦りのように思えた。
「(何かあったのかな)」
普段、少しの変化でも顔に出さない彼なのに。は駆け寄って、殺生丸の前に回りこんで表情をうかがいみた。
「何の用だ」
「何か…殺生丸焦ってるみたい」
が言うと、僅かに顔を顰める殺生丸。はそれを図星と取り、更にたずねた。
「どうしたの?」
「…奈落」
「奈落?」
「奈落…と申しますと、確か以前殺生丸様に無礼を働いた食わせ者で?」
「…奴の匂いだ」
「ではこの近くに?」
「…」
入り込んできた邪見と、殺生丸との会話。は何のことだかわからず、ただ黙ってやり取りを聞いていた。
そのとき、地面から空を吹き抜けるように風が舞い上がる。りんと邪見は地面を転がり、は着物と髪を押さえる。殺生丸の肩の毛皮がふわっと宙を踊った。
「よぉっ」
そういって殺生丸たちの前に降り立ったのは、神楽だった。
「殺生丸…あんたも奈落の匂いをかぎつけて来たのかい?」
薄く笑いを浮かべる神楽。殺生丸はそれに睨むように視線を向け、は驚きを隠せない様子で神楽を見つめていた。
「風使いの神楽…とか言ったな」
刀に手をそえる殺生丸。しかし神楽は笑みを崩さない。
「へぇ…嬉しいねぇ。覚えててくれたのかい。剣から手を離しな。闘いに来たんじゃねぇよ」
そう神楽は告げるが、信用出来ないとみなしたのか手を下ろさない殺生丸。は二人の雰囲気に飲み込まれそうになりながらもじっと動向を見守った。
二人の話の内容は、には全く飲み込むことが出来なかった。
四魂の玉、奈落…理解のない単語が頭を飛び交う。そしてそれを聞いている殺生丸の表情は、一層険しくなっていく。
にわかったのは、目の前の神楽が奈落と言う者を裏切ろうとしていることと、そのことに殺生丸を利用しようとしていることだけだった。
だが殺生丸の性格とこれまでの行動から考えて、言う言葉は決定している。
「一人でやる覚悟がないのなら、裏切りなど考えんことだな」
冷ややかに告げられたその言葉に、神楽は表情を険しくした。
「この腰抜け!てめぇそれでも男か!」
良く響く声でそう叫ぶと、髪につけたかんざしの羽を一枚取った。
「ふん。見損なったぜ」
吐き捨てるようにそう言うと、殺生丸、りん、邪見と順番に視線を回した。そして最後にへとやってきて、そのままピタッと動きを止める。
「…そんな女も連れてるみてぇだしな」
視線はに合わせたまま皮肉たっぷりに言うと、風を従えて空へと舞っていった。そして殺生丸はその様子を黙って見送り、りんと邪見は慣れた様子で小言なんかを漏らしていた。
だが、だけがどうすることも出来ず立ち尽くす。
最後の神楽の言葉は、殺生丸への皮肉だけではない何かが含まれていた。殺生丸は気付いていないだろうが、確実に。それもに向けられた。
憎しみにも、恨みにも似た感情。どちらにしても友好的なものではない。それは女のだからこそわかったのであろう。そして、男には到底分かりえないだろう感情。
2004.12.22 wednesday From aki mikami.
2006.03.30 thursday 加筆、修正
2008.08.13 saturday