夢見


それは何度でも浮かんでくる。はそのたびに目を閉じたり開いたりしてそれを消そうとするが、消えるどころかどんどん鮮明になっていく。勢いよく飛び起きると、太陽の煌きを映す湖畔が目に入った。


夢見が悪かった、と言えばそうなのだろうか。はゆっくりと辺りを見回しため息をついた。


別に悪夢というわけではない。汗もかいていないし、呼吸は正常。なんとなく気になる夢を見た、と言うところだろう。何度も何度もその夢に起こされ、夢の中の情景は回を増すごとにより鮮明になっている。


淡い光を放つ、桃色とも紫とも取れる小さな玉にひびが入り、砕けて方々に散っていく夢。


普通に見る夢とはどうも異質な感じがして、はその映像を思い出した。


その玉は、普通とは違う何か強い力を発している気がした。


体を半分だけ起こして、揺れている湖畔を見つめ、反射した日の光の眩しさに目を細めた。


立ち上がり、湖の淵へと歩く。湖の水は澄んでいて、朝と言うこともあってか、空気はひんやりとしている。膝を折ってしゃがみ込みひとすくい水を持ち上げてみる。指の間から落ちた雫は、きらきらと光って湖に輪を描いた。


その水で顔を洗う。ひんやりとした温度が、今の火照ったには丁度良く、心地よかった。


そうしていてふいに、昨晩の出来事を思い出す。


「あ…」


顔が熱くなってくる。自分の行動、発言を思い出すと、は恥ずかしくなって両手で顔を覆った。


「わ、私、結構大胆なことしたよね…?」


殺生丸に抱きついたこと。許可なしに彼の過去を見てしまったこと。泣きながら自分の過去を話してしまったこと。


今はこの場にいない彼に向けてそう言った。


「今更だな」
「っ!殺生丸!?」


振りかえると、そこには無感情な表情をした殺生丸が立っていた。は見下ろすような殺生丸の視線に耐えられなくなって、勢いよく立ち上がる。


「いたの…?」
「先程からな」
の横をすり抜ける殺生丸。その目は遠くを見つめたままで、はゆっくりと口を開いた。


「ご、ごめん」
「…何を謝る?」
「え?あ…あの…抱きついたこと…」


自分の言葉に恥ずかしくなって俯く。殺生丸はそれに小さくため息をついて、視線を水面へと泳がせる。


「別に良い」
「……本当…?」
「ああ」
「……じゃあ、あの、あともう一つ」


先ほどより幾分か小さい声で、控えめに言う。殺生丸は視線を少しだけ向けて、話の先を促した。


「貴方の記憶…勝手に見ちゃってごめんなさい…」


着物を握り締めて、深く頭を下げる。殺生丸はそんなの様子にもう一度ため息をつくと、ふたたび視線を湖に向け、呟いた。


「別に知られたくない過去などない」


すーっと湖面に不規則な動きの波が現れる。やがてぱしゃりと音を立てて魚が跳ね、きれいな円形の波を残して湖の奥へと消えていった。


は殺生丸の言葉にぽかんとした表情を浮かべている。怒られると思っていただけに、彼の言葉が、よほど意外だったのだろう。ぼけっとただ殺生丸を見つめているに気がついた彼は、本日三回目になるため息を盛大に吐き出した。


「…だが、記憶を見たと言うのはどういう事だ?」
「え?」
「…邪見にでも聞いたのではないのか」


殺生丸がに問う。しかしは首をふるふると横に振って否定した。


「雨月刀が教えてくれたの。刀に触れたら、記憶が流れ込んできて…」


つまり殺生丸の牙が、自身の持つ記憶をへと教えたのだ。の説明を殺生丸はそう理解した。そして、それ以上をに聞いても詳しい話はわからないだろうとも思った。


「ごめんなさい…」
「…好きで知ったわけでもあるまい」


再び謝るに、殺生丸が短く答え、湖に沿うようにゆっくりと歩き出した。は未だ抜け切らぬ罪悪感を抱えつつも、殺生丸が気遣うようなことを言うので、少し笑えてしまった。苦笑混じりに「はい」と頷き、歩き出した殺生丸の後ろを追いかける。


不意に、先程の夢が思い出された。淡い玉が方々へ散っていく、あの夢が。


まさかの夢を殺生丸が知っているはずはないだろう、そう思いながらも、は殺生丸の背中に小声で問い掛けた。


「殺生丸」
「何だ」
「淡い桃色か紫っぽい小さな玉…知らない?」
「っ」


が右手親指と人差し指でこれくらいと丸を作って見せると、殺生丸は珍しく驚いた表情でを振り返った。


「…どうして知っている」
「え?知ってるの?えっと、…夢で見たんだけど」
「夢、だと?」
「う、うん…ねぇ、殺生丸、あれ何なの?」
「……四魂の玉だ」
「四魂の玉……もしかして、この間神楽が持っていた光る宝石?だったらひょっとして、今はバラバラになってたりする…?」
「…っ」
「…あれ、あたり?」


あれーあれーと不思議そうに、だがどこか動揺を隠すように言う。殺生丸はみるみる表情を険しくし、何かを考え込んでいるようだった。


それからしばらく、二人は何をするでもなくその場に立ち尽くした。



2004.12.30 thursday From aki mikami.
2019.12.11 wednesday 加筆、修正。